本研究は'アイデンティティ'を他者に対する一定の集団の自己認識と定義し、北方領土問題を事例に、ナショナル・アイデンティティと地方アイデンティティとの相互作用と対立の分析を目指した。領土問題は物質的な係争の場でありながら様々なアイデンティティが交錯する場でもあるという想定に基づき、本研究は北方頃土問題を切り口にし、冷戦中とその後のソ連・ロシア及び日本におけるナショナル・アイデンティティに関わる諸言説及び北方領土問題の影響を直接的に受けている根室地方及び北方領土のロシア住民の地方(地域)アイデンティティという言説を分断することを主な目的にした。当該研究計画は研究代表者の海外の大学への転職により途中で廃止されたためにすべての研究目的は達成されなかったのである。 達成できた研究目的は次のとおりである: 1)領土問題とナショナル・アイデンティティの関係に関する先行研究の整理 2)地方アイデンティティとナショナル・アイデンティティの関係に関する先行研究の整理 3)根室地方、北海道及び中央政府がソ連に占拠された日本の領土の返還を追求していた際に、その返還運動の基礎になっていた利益及びアイデンティティの実態 3)に関しては以下のような議論を展開した: 北方領土紛争の形成期(1945-1970年代前半)においては、根室を拠点にしていた草の根返還運動と北海道自治体がソ連に占拠された領土の返還を積極的に追求していた。この二つの運動は形式に似ており、両方の言説において日本の固有の領土や日本民族へのアピールがしばしば見られていた。しかし、実際の目的と領土に関わる直接的な目的は異なっていた。つまり、根室の草の根の活動家にとっては、領土問題は自らの日常生活に直接的関係しており、領土の象徴的な意味合いは思い経済的なものであった。このような領土の重要性は彼らの戦略、問題の認識及び望まれた解決方法に反映されていた。他方、道庁にとっては領土問題が中央政府との力関係において、理解され、その問題の重要性及び解決方法は主に中央との関係との文脈において理解されていた。 上記の関係をInternational Relations of Asia-Pacificという学術誌に発表された論文において詳しく分析している。
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