まず国家と仏教の関わりについては、2014年に開催された国家サンガ大長老委員会の会議記録を入手し、「民主化」以後のサンガ機構による仏教関係の諸制度や政策を明らかにすることを目指した。しかし2015年3月までに会議記録は公刊されておらず、入手することができなかった。関係者からの聴き取りで得られた情報によれば、前政権とは異なり、国家サンガ大長老委員会の会議にテインセイン大統領は参加しなかった。このことからも、仏教を積極的に擁護する姿勢を示してきた前政権と異なり、現政権は仏教に対して一定の距離を取っているのではないかと推測される。 また地域の仏教実践については、ミャンマーのシャン州、ラカイン州、モン州、マンダレー、ヤンゴンにおいて、仏教徒10民族のローカルな実践に関する調査を行った。特に、地域における宗教実践に重要な役割を果たす在家説法師の活動に注目した結果、現在では減少傾向にあるものの、10民族中、9民族に在家説法師は存在していることがわかった。これは、先行研究では出家者が仏教実践における中心的な役割を果たすとされてきたミャンマーでも、多くの民族において在家の説法専門家が重要な役割を果たしてきたことを意味している。しかしその一方で、特に1980年代のサンガ機構の成立以降、僧侶の教学レベルが上昇し、説法が僧侶の役割となりつつある傾向も見られる。このように、1980年代以降の宗教政策は、ローカルな実践にも大きな影響を及ぼしたと考えられるが、民族によっては伝統的な実践が維持される傾向も見られることが明らかになった。
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