本研究では、中国共産党が指導する選挙過程と選挙民の投票行動を分析し、選挙制度を通じた共産党統治の変容の可能性を明らかにすることを目的としてきた。 2011年に北京市で行われた区県郷鎮レベルの人民代表大会直接選挙に際して、投票所での観察、選挙民1200人を対象とするアンケート調査、自薦候補者10名に対するインタビューを実施した。 研究の結果明らかになったことは大きく四点があげられる。第一に、党の意図的な選挙民登録に関する指示により、実質的な選挙民登録率が低下し、実質投票率も低下した結果、党の選挙過程に対するコントロールが強化される一方で、選挙から得られる支配の正当性は限定的なものとなる傾向にあることである。第二に選挙において自ら投票した人々の特徴を、ロジスティック回帰分析を用いて析出した結果、投票には政治的義務感・人大代表の実績への認知度という要因が影響していることが明らかになった。独裁政権下にあるながら、投票者が有権者としての意識を持ち始めていることを示しているといえよう。第三に、自薦候補者が抱える問題と可能性が明らかになった。問題は選挙区民と連携せずにメディアを中心に活動する自薦候補の存在であり、可能性とは、利益表出・集約機能を担おうとする「代言人」志向の立候補者が出現したことである。第四に、IT環境の発達により、自薦候補者の活動領域が飛躍的に拡大した結果、党が従来の消極的妨害に加えて、公安や警察組織を使った暴力的措置まで取るようになった一方で、自薦候補に対する対立候補の擁立にはおざなりにしか取り組んでいないことである。これは多元化する市民の利益表出要求に対する共産党の柔軟な適応能力が低下していることを示している。
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