研究課題/領域番号 |
23510326
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研究機関 | 甲南大学 |
研究代表者 |
真崎 克彦 甲南大学, マネジメント創造学部, 准教授 (30365837)
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キーワード | 民主主義 / 公共性 / 王政 / 国民総幸福 / ブータン |
研究概要 |
平成20年実施の初めて政党が参加した国政選挙で政権の座に就いた与党は、いよいよ任期最後の年を迎えた。与党は公約を果たそうと全国各地で開発事業の実施を急いできたが、調査対象地のA村でも、電化、農道整備、ミルク集荷センター建設が実現した。さらには地区の開発委員会に交付金を配る制度が設けられ、A村の所在するB地区の開発委員会を通して、村でも歩道整備、寺院修復、学校建設などが実施された。このように民主化後、生活改善に資する開発事業が次々と村にやって来たので、この点では人びとも民主化の恩恵を感じている。同時に、与党は村でリゾート建設の計画を進めようとしている。景観や牧草地が損なわれかねないという理由で人びとが反対しているにもかかわらず、B地区の区長や副区長までもが、事業受け入れに熱心である。何らかの利権が絡んでいるのではないのか。そうした疑いの声が一部の住民の間にある。そればかりか、何らかの便宜と引き換えに事業受け入れを進めようとする人が、村の中にもいるようだという心配も聞かれた。 こうした風聞の真偽のほどは明らかでないが、どうやら人びとは、こうした発話を通して、共同体の紐帯を大事にしたこれまでの暮らしを守ろうと声をかけ合っている様子であった。村の人たちに民主化についてインタビューしていて、しばしば引き合いに出されるのが、階級・民族・宗教間対立の目立つ近隣のインドやネパールである。両国のように政治家の自由が蔓延してしまうと無用な緊張対立が生まれかねない。ブータンも同じ道をたどるならば、これまで大事にしてきた共同体規範が台なしになるではないのか、という懸念である。政治家の決定が政治運営で幅を利かせるようになる中、大局的な公共利益の損なわれない政治運営がなされるのかどうか、またそのために人びとがどのように市民権・政治権を行使していくのか、引き続き調べていきたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
上記の通り、民主主義制度にそって人びとの「個人決定」を尊重しようとする政治運営が進められても、政治家の都合にそった「公的決定」が優勢になりがちである。そうした中、A村の人たちは、首都ティンプ在住の同郷人たちの協力も仰ぎつつ、そうした政治運営のあり方の是正を働きかけてきており(その一例が上述のリゾート建設計画の見直しの請求)、それが一定程度成果を挙げてきている。こうして、「個人決定」と「公的決定」の両立の難しさという民主主義の課題の克服が、ブータンでどのように追求されているのかが明らかになりつつあるため、「当初の計画以上に進展している」と評価した。
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今後の研究の推進方策 |
A村・B地区において、民主政下の初政権が人びとの生活にどのような変化をもたらしたのか、人びとの意見を聴取することに力を入れたい。2度目の国政選挙が平成25年に予定されている。選挙後には、人びとの意向が選挙結果にどの程度反映されたのか、また次期政権にどういう期待を抱いているのか、について調査を進める予定である。そしてゆくゆくは、ブータンの民主政が、西洋近代中心の民主主義観をどのように相対化し得るのか、あるいはどの程度までそれを再構築していく端緒になり得るのか、首都の知識層の人たちとも連携を取りながら考察していきたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
首都ティンプとA村・B地区を中心とした現地調査、ならびに民主主義やブータンの政治状況について、文献レビューを続ける。現地調査では平成23年度・24年度の調査結果のアップデートを主目的として、A村・B地区では民主化の進展で人びとの暮らしがどう変わったのか、平成25年度の国政選挙の結果を人びとがどのように受け止めているのかを調査する。さらには、B地区の所在するC県の政府役人、そして国家運営の中枢にいる政治家や政府役人にも同趣旨のインタビューを行うことで、ブータンの民主化がもたらした成果と課題をより一層明らかにしていきたい。
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