ブータンでは2008年の新憲法の公布で、議会制民主主義が始まった。以前の王政のもと、同国は目覚ましい経済発展を遂げたが、それでも豊かな文化や大自然は守られた。そうした国王の政治手腕は国際的に賞賛されてきた。それを支えてきたのが、周りの人や自然に対する顧慮を説く仏教である。そこで民主政のもとでも、国王と仏教はこれまで同様、持続可能で公正な発展・開発に資する政治運営の求心力と位置づけられている。実際、社会の調和や自然環境に負の影響を与えかねない政府政策・計画に対しては、国王は勅令を出すことで再考を促し、メディアや国会の議論でも同様の趣旨で、仏法が持ち出される。そうして歯止めが掛かり、当該政策・計画が修正される場合もある。 他方、世界各地では民主政は自由主義(社会在来の権威からの自由を称揚する考え方)と結びつけられがちであり、政治運営では「個人の自由」、なかんずく有権者の声を上げる「自由」が先んじられやすい。その結果、政治家は有権者の声に合わせて、社会の調和や自然環境に負の影響を与えかねない政治決定を下す場合もある。ブータンの民主政では対照的に、国王や仏教といった社会在来の権威に「公共的な観点」に立った政治決定を促す役割が付されている。こうした同国の政治体制には、「個人の自由」が優先されがちな世界の政治情勢に、一石を投じる潜在性が見て取れる。 最終年度の調査の結果、上記の結論に至るととともに、次のような課題も明らかになった。ブータンでは現在、村落外での雇用創出を求める有権者の声の高まりもあって、政権与党は経済・社会・環境の均衡のような「公共的な観点」の追求に拘泥するわけにはいかない。そうした現実政治と政治理念をどう折り合わせるべきかについては、地域共同体や市民社会の政治参加を通して、社会的な合意形成を図っていく必要がある。こうした課題を踏まえて、次期の研究を開始したところである。
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