研究課題/領域番号 |
23520006
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研究機関 | 岩手大学 |
研究代表者 |
宇佐美 公生 岩手大学, 教育学部, 教授 (30183750)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2015-03-31
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キーワード | 自然主義的道徳理論 / メタ倫理学 / 随伴関係 / ヒューム / 道徳的実在論 / 精神医療 |
研究概要 |
本年度は、D・ヒュームやI・カント、J・ベンサム等、近代の倫理思想の中から、道徳的行為の評価(認知)・動機づけ・意志決定に関する自然主義的説明と形而上学的概念批判を収集し、それらを現代のメタ倫理学的視点から再分類・整理した。その結果、自然主義に分類される近代の倫理思想には、経験科学への還元可能性を主張する立場から、社会通念や経験的修得を尊重する立場、生物進化の内に道徳性の源泉を見る立場まで幅があるが、それらの思想の内には、現代のメタ倫理学上の分類で言う自然主義(還元主義的自然主義や非還元主義的自然主義)では覆いきれない要素が含まれており、特に道徳的特性の理解については、現代のメタ倫理学では非自然主義的実在論に分類される側面をもっていることが明らかになった。さらに現代の脳科学をはじめとする自然科学では、道徳的判断を構成する諸要素(共感、想像、理由付けなど)の心理学的、脳科学的基盤とその生成機制がどの程度解明されつつあるのかについて大凡の理解を得ることができた。ただし道徳的特性の実在的側面と物質的過程との関係については、現代の非還元主義的自然主義者が語る道徳的特性の自然的性質への「概念的依存」(随伴関係)だけでは捉えきれない側面が、道徳的特性の実在性を顕揚する論者によって示唆されており、しかもそうした側面が自然主義に分類されるヒュームの思想の内にも読み取れることを明らかにすることができた。このように道徳の自然主義における「捩れ」とも言える側面を明らかにしたことが今年度の成果である。 また、この様な理論的研究と並び、精神医療技術の医療や教育の現場での活用の実態と、その技術が道徳的主体や人格の概念を浸食しうる可能性について現場の関係者から情報を得ることができた点がもう一つの成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
近代の自然主義的倫理思想による形而上学批判及び道徳的特性理解を、現代のメタ倫理学的視点から類型的にまとめ、その意義を分析できた点と、現代の自然主義者による道徳の諸現象についての理解の諸相と近代自然主義者の説明との異同を整理できた点は評価できるが、本年度目標とした近代の思想家による人間像の理解の諸相については、関連資料のさらなる読み込みと整理が引き続き必要である。
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今後の研究の推進方策 |
前年度に着手された自然主義者による形而上学的概念に対する批判の意義をさらに深層から検討するために、まず自然主義者の語る「自然」という概念の意味を再整理するとともに、近代の倫理思想に関わる人間像の理解の整理を継続する。次に「自由意志」の概念を取り上げ、それについての自然主義者の側からの説明(無用論、幻想論、随伴現象説、両立可能論、自由拡張論)などの論点を整理し、彼ら自然主義者による当該概念に関する評価がもたらす倫理的・社会的基盤の変容の可能性を測量・検討する。すなわち自然主義者による「自由意志」評価が及ぼす他の諸概念(人権、責任、制裁、尊厳、運など)への影響を、逸脱現象への介入(エンハンスメント)の効果の評価などとも合わせながら査定し、それによって倫理的社会的基盤がどのような変容を被る可能性があるのかを考察する。さらにこの検討作業を、自然主義者が批判する他の形而上学的諸概念(尊厳、理性、徳等)についても押し広げてゆくことにより、他の事実的諸価値との連関で、自然主義者でさえ前提せざるを得ない基層となる諸概念間の布置関係のパターンを描くための準備を整える。この研究の過程で、以前から「消去論」との間で「自由意志の形而上学的意味づけ」の可否をめぐり論争が行われてきたドイツで、この問題の現在の研究状況の調査を行うとともに、現地の人間学関係の研究者と研究打ち合わせを行う予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度の研究費のうち、物品費については、自然主義を含む近代倫理思想及びメタ倫理学、脳神経倫理学関係の資料の購入と収集資料の整理のためのメディア機材、関連ソフトの購入を予定している。 旅費については、国内での資料・情報収集及び研究打ち合わせのための旅費、国外ではドイツでの研究打ち合わせ及び調査・資料収集のための旅費をそれぞれ予定している。 謝金は、精神医学及び道徳教育関係者からの専門知識の提供のための謝金を予定している。 その他として、資料のコピー及び通信費を予定している。
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