研究課題/領域番号 |
23520006
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研究機関 | 岩手大学 |
研究代表者 |
宇佐美 公生 岩手大学, 教育学部, 教授 (30183750)
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キーワード | 道徳判断 / 感情 / 道徳心理学 / 道徳の神経科学 / 道徳の基礎付け / 自由意志 / 普遍化可能性 |
研究概要 |
近年の道徳に関する脳科学及び心理学関係の研究により、一部で道徳判断の基盤と動機付けが感情を司る脳の領域に求められる可能性が明らかになりつつあるが、それらの成果をふまえつつ、本年度は以下の諸点を中心に検討を行った。 1、道徳判断における感情の働きの重要性が明らかになる一方で、現段階での研究からは、道徳判断に対して理性の関わる側面が完全に否定されたわけではなく、むしろ理性と感情との協力によって判断が下される余地が十分残されていること。 2、脳科学的な道徳判断の研究では、感情的部位による判断が義務論的な選択に分類され、理性に基づく判断が功利主義的選択に分類される傾向にあるが、前者が義務論的選択に分類されるのは結果的に義務論と同型的な選択が導出されたためで、意味内容として理性主義が提唱する義務論を含意しているわけではないことから、義務論と感情に基づく義務論的選択との間の関係を意味づけ直す必要があること。 3、道徳の祖型が種のレベルで淘汰の中で形成されてきた傾向性に求められることは、動物生態学や進化論等の研究成果から一定程度確認できるとしても、それ等の研究成果が普遍化可能性などの道徳の特質と直接には接合できず、自然的基盤と道徳の特質の間にある断絶を説明する上で既存の理論を活用する道は残されていて、そこに自由意志をも含む理性主義的で超越論的な倫理学理論を位置づけることもできる。 これらの諸点の検討によって、自然主義的道徳理論による理性主義的で形而上学的道徳理論に対する批判の意味とその深度を測るとともに、他方で「普遍化可能性」や「目的自体」など道徳の諸原理の意味とその根拠を再評価する道筋と自由意志の位置づけを構想することができたことが本年度の成果である。なおこうした考察は、本年度ドイツにおいて、現地の研究者との道徳の基盤と自由意志をめぐって行われた意見交換にも依ることを付け加えておく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
自然主義者による道徳の形而上学的概念に対する批判の意義を、自然主義者が根拠とする脳科学などの研究成果を手がかりにして再評価するという課題は概ね果たされ、またそこから形而上学的な道徳原理の新たな位置づけ方を探るための道筋が立てられたことは評価に値する。ただし本年度精神医学及び道徳教育関係者からの専門知識の提供を予定していた部分については、十分に行うことができなかったので次年度改めて実施する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
前年度来行ってきた道徳心理学及び脳神経科学による道徳判断に関する研究の成果や、認知科学、進化論的生態学等による道徳の自然的基礎に関する研究成果を引き続きフォローしながら、それらによって説明されていない課題、断絶部分の意味などに関して研究をすすめる一方で、自然主義による批判に配慮しながら非自然主義で形而上学的な道徳の基礎付けに関する説明の意義を再検討する。その過程で、これも昨年度来行ってきた「自由意志」や「目的自体」「尊厳」などの形而上学的概念の位置づけの再検討を行う予定である。とりわけ次年度は、たとえ自然主義者の主張が正しく、われわれの道徳性の質料的基盤が脳の機能にあるとしても、他方でわれわれの道徳的判断が(時に事後的にではあれ)理由付けを必要としており、そのために倫理学理論が援用されるという事実に着目し、そうした倫理学理論を(自然主義者が指摘するような幻想的側面があるにしても)支える形而上学的概念の生成と内面化の意味を検討する予定である。たしかにそれらは一部で屋上屋を重ねる無駄ともなりかねず、また動機付けの力を欠く形而上学的虚構に過ぎない面もあるかもしれない。しかし一方でそのような理論により、自然的動機付けの力だけでは乗り越えられなかった淘汰の壁を乗り越え、生を意味づけ直し、人類の共存の新たな広がりとそのための紐帯を創生し得た部分もあると考えられる。このような形で形而上学的「理念」ないし「虚構」に対する「批判的」検討を行い、「理念」の有効・無効を評価することが今後の研究の道筋である。その際、研究代表者は、カントが語る「理性の自然的性向」が導きの糸になると考えている。なお自然主義的な道徳理解を支える脳科学的な研究結果にどの程度アクセスできるかが、研究を遂行する上で課題となるが、次年度はそれらの研究領域の研究者から積極的に専門的知識の提供を求める予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度の研究費のうち、謝金については、当該年度、専門知識の提供のための使用を予定しながら、研究代表者のサバティカルによるドイツ滞在のため、十分に実施しえなかったために生じた残額と合わせて、脳科学及び精神科学関係の研究者からの専門知識の提供のために使用する他、資料整理のための使用を予定している。 物品費については道徳心理学や道徳に関わる脳科学、自由意志関係の資料の収集とコンピュータのOSの入れ替えに伴う関係ソフトの購入のために使用する予定である。 旅費は、国内での資料・情報収集及び研究打ち合わせ、研究成果の発表のための使用を予定している。 その他として、資料の複写費を予定している。
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