研究課題/領域番号 |
23520019
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
福谷 茂 京都大学, 文学研究科, 教授 (30144306)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2016-03-31
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キーワード | カント / 形而上学 / ヘノロジー / Opus postumum |
研究概要 |
本研究のねらいは、カントの『遺稿(Opus postumum)』の翻訳および解説の作業によって、西洋哲学史像の変貌の契機を与えることである。より具体的には、『遺稿』においてカントが批判哲学の成果を踏まえて形而上学を体系的に叙述しようとした試みを、新プラトン主義に由来するタイプの形而上学の再興として解明することをめざしている。形而上学史における「ヘノロジー」(一者論)の厳存を浮き彫りにして、従来の哲学史記述においてその片隅に追いやられ、あるいはその裏に隠蔽されてきた新プラトン主義に改めて光を当てることが狙いである。このようにして私たちは、形而上学史における真の主役として新プラトン主義の系譜をクローズアップする観点から、カントの『遺稿』を同じ系譜の中に位置付け、やがては古代・中世にも及ぶべき哲学史再編成に先鞭をつけることを意図している。特に第一年度は本研究そのものの根底であるカントの『純粋理性批判』そのものが『遺稿(Opus postumum)』との関連で証明されて読まれるべきであるという主張を裏付けるために力が注がれ、論文が書かれた。具体的には、超越論的演繹論、第2類推、超越論的弁証論という『純粋理性批判』の心臓部に対して、現時点で可能である限りでのヘノロジーの観点からの解明が行なわれた。その結果として従来の読解とは違った「カント哲学」の姿が浮かび上がってきたものと考えてい
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の眼目のひとつは京都学派を古代ギリシア以来の形而上学史の最終章として位置づけることである。この点で第1年度は田邊元の代表的論文である「種の論理と世界図式」を精細に解明することによって、ヘノロジーの契機が田邊にも厳存することを明らかにした。しかもそれはカント研究からヘーゲル弁証法の受容という田邊にとっても日本哲学にとっても決定的な意味を持つことにおいて確認された。田邊のこの論文は辻村公一の研究を例外としてとかく単に思想史的な観点からしか問題にされておらず、哲学としての論理の面の解明はほとんど行なわれていなかった。論文「田邊元とカントー絶対弁証法から『種の論理』への論理」では田邊の弁証法研究がカント研究からの発展として同じテーマが持続していることを指摘したうえで、そのテーマとは哲学が「全体」にいかにしてアクセスできるかということにほかならず、結局「一」と「多」の関係というヘノロジーの問題に帰着することを明らかにした。ヘノロジーのこのテーマに対して「媒介」というタームでアプローチし、従って類ではない「種」にこそヘノロジーのテーマが集約されるというのがわれわれの観点から見たときの田邊哲学の内容である。田邊の弁証法は常にヘノロジーに他ならない。この点で田邊は古代ギリシア以来の形而上学において独創的な寄与を行なったと評価することができるというのがわれわれの結論である。田邊は驚くほどプロティノスに言及することが多いが、それは神秘主義という外皮の裏に形而上学としての新プラトン主義を読み取ることができたゆえである、という観点が得られた。これは戦前期日本哲学史および京都学派研究においても、従来脇に置かれていた、西晋一郎、久松眞一、梯明秀などを新プラトン主義ないしヘノロジーの系譜のうちに組み入れる可能性を与える成果である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策は3点ある。1まず第一には、『遺稿(Opus postumum)』研究に関して『純粋理性批判』との相互照射関係のクローズアップによる注釈というわれわれの論点を徹底的に遂行すること。このため引き続きヘノロジーの観点からの『遺稿(Opus postumum)』の読解を継続すると共に試訳を積み重ねて実証作業を行なう。また『遺稿(Opus postumum)』研究史上の金字塔であるにもかかわらずイタリア語原典の形態ではほとんど知られることのないヴィットーリオ・マティエウの業績を原典に基づいて解説紹介する。2近世哲学史における新プラトン主義の伏在という点のより精細な実証。近世における新プラトン主義としてはヘンリー・モアのEnchiridion metaphysicumの意義が大きいことが明らかとなった上に、この書およびカッドワースの書がカントの蔵書目録において確認できた。このことに基づきカントにおける新プラトン主義を語りうる根拠が得られたので、この観点からカントの著作を読み直す。この作業はオントロジーとヘノロジーという形而上学の二つの類型を区別すべきだというわれわれの論点を強化することに他ならない。3ヘノロジーという概念のいっそうの基礎固め。このためバイアーヴァルテスの中世および近世哲学史における新プラトン主義的契機に関する一連の研究を咀嚼するとともに、現代哲学においてもマリオンその他がヘノロジーの枠組みで捉えられると説くクルバリツィスの仕事などを吸収する。なおまたレアーレによるヘノロジー概念の展開を捉える。
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次年度の研究費の使用計画 |
研究協力者を雇用し、『遺稿(Opus postumum)』の分析と試訳をすすめるとともに、この点に関する欧米の研究と研究文献に関する情報を収集し、入手することにつとめる。また近年問題意識がオーバーラップする外国研究者および研究グループが散見するので、それらについても情報を収集し、将来の研究交流に備える。国内でも17世紀哲学史の研究は活況を呈しているので、国内研究者とのこの点での交流を密にし、研究水準の高度化につとめる。京都学派研究でもいっそうの精度の向上のため、主要人物に関する伝記的資料の発掘と年譜等の基礎的資料の作成に着手する。
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