研究最終年度にあたる平成25年度は、現象学的倫理学の意義を、現代倫理学との対比の中で明らかにする研究を行った。とりわけ、フッサールを中心とする現象学的倫理学が、人格のアイデンティティに根ざした倫理学であることを、B.ウィリアムズやH.G.フランクファートの倫理学を援用することで明確化することができた。功利主義と義務論という近代道徳哲学が、普遍性、公平性を原理とするという共通点をかかえている。これに対して、現象学的倫理学は、個人の生き方を考察するものであり、道徳的価値の普遍性を前提とするわけではない。フッサールの「使命感」の分析においては、個人の生き方の指針が、善き生の形成をめぐる実践において大きな役割りを果たしている。 さらには、現象学的倫理学は、共感とケアのもっている倫理学的意義を再評価することを明らかにした。とりわけシェーラーの共感論は、自分にとって大切な人との関係を重視する「ケアの倫理」と多くの論点を共有している。しかも、現象学の立場においては、われわれの共感の配慮となる対象は、一義的に決まっているわけではなく、個人が置かれた状況や歴史に依存することになる。こうした立場は、道徳的配慮の対象となるパーソンの基準を客観的に設定しようとする応用倫理(パーソン論)とは異なるアプローチの倫理学として、大きな可能性を秘めている。 以上にかかわる研究成果を、学術論文3本、研究発表6回において公開することができた。
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