研究課題/領域番号 |
23520042
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研究機関 | 岩手大学 |
研究代表者 |
音喜多 信博 岩手大学, 人文社会科学部, 准教授 (60329638)
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キーワード | 哲学的人間学 / 現象学 / 進化論的認識論 / シェーラー / ゲーレン |
研究概要 |
本研究の2年目にあたる平成24年度は、認識論的問題にテーマを絞り、現象学的人間学の認識論と進化論的認識論との対比をおこなってきた。とくに、K・ポパーやF・M・ヴケティツらの「進化論的認識論」と、シェーラーの「認識と労働」(1926年)やゲーレンの『人間─その本性および世界における位置』(1940年)における行為的認識論(「衝動的-運動型の知覚論」)との比較をおこなった。その結果、以下のようなことが明らかとなった。 1. シェーラーやゲーレンの行為的認識論は、伝統的な主知主義的哲学における知性偏重の認識論を批判して、身体的行為としての知覚を基盤に据えようというものである。一方で彼らは、「感覚所与」を一切の知識の基礎と見なす経験主義的な認識論をも、つぎのような観点から批判している。経験主義における「感覚所与」は、人間が外界から受動的に受け被るだけの要素的なものと考えられている。しかし、現実の知覚とはそのようなものではなく、ゲシュタルト心理学やユクスキュルの環境世界論が示したように、生命的・実践的意味を担った能動的な働きである。以上の点において、哲学的人間学の行為的認識論は、「進化論的認識論」の生物学的プラグマティズムに近い側面をもっている。 2. しかしながら、シェーラーもゲーレンも、生物学的なプラグマティズムと自らの理論を同一視しているわけではなく、一線を画そうとしている。たとえば、人間における高次の理論的認識においては、生物学的プラグマティズムが当てはまらない領域が存在する。シェーラーとゲーレンは、知覚を生命的・実践的行為と見なしたプラグマティズムの基本構想を高く評価しながらも、すべてを「生存の用」へと還元してしまうその認識論には否定的な見解をもっているのである。 なお、以上の研究成果の一部は、雑誌論文「アルノルト・ゲーレンの知覚論と言語論」において発表された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成24年度の研究目的は、現象学的人間学の認識論と進化論的認識論とを対比させるところにあったが、その目的はおおむね達成された。両者の近縁性と差異については、十分に明らかにすることができたものと思われる。公表された雑誌論文は主にゲーレンに関連するものであったが、この論文では、ゲーレンの人間学的研究の背後には、シェーラー人間学(とくに「精神」と「生」の二元論)に対する批判的態度が存在するということについても言及することができた。この研究成果は、今後本研究の対象を「存在論」や「形而上学」へと拡張していく上で基礎となるものであり、その意味で、現在までの研究はおおむね順調に進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度は、当初の研究計画どおり、「現象学的人間学の存在論と進化論的認識論の存在論」というテーマを扱うこととしたい。そこでは、シェーラーの「認識と労働」や「観念論-実在論」(1927年)などの論文における存在論と、進化論的認識論における実在論とを対比させることとなる。シェーラーは、ディルタイを参照しながら、実在とは生命的衝動に対する「抵抗」の経験として生命体に与えられると述べている。このような実在概念のもつ現代的意味を明らかにしていきたいと考えている。 なお、平成25年度においては、以上のような存在論についての研究に、新たに以下のような認識論的な研究も追加したい。 平成24年度の研究を遂行する過程で、「シンボル的存在としての人間」という人間学的なテーマについてより深く探求する必要があることが明らかになってきた。『人間』におけるゲーレンは、知覚から言語までを一貫したシンボル形成的な機能として捉えている。つまり、人間の知覚はすでに独特の再帰性と表現性とを備えており、その意味で根本的にシンボル的である。ゲーレンによれば、言語はこのような身体のシンボリズムを展開したものにほかならないのである。 このように「シンボル」という概念を導入することによって、知覚から高次の理論的認識までを一貫した人間学的観点から捉え直すことができる。このテーマを扱うために、『シンボル形式の哲学』の著者として知られるE・カッシーラーによる、哲学的人間学に対する評価を研究対象のなかに取り入れる必要が生じてきた。 ただし、このことは全体の研究計画に大きな変更を迫るものではない。むしろ、このことによって、認識論と存在論(形而上学)の密接な関連をより強く意識しつつ、両者を一体のものとして研究していくことができるようになるものと思われる。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度は、旅費については、学会参加や文献資料収集の機会が増えたために、当初計画より多く使用したが、物品費については、パソコン・ソフトや文具等の購入にかかった経費が予想より少なかったため、未使用分が発生した。ところで、平成24年度終盤の研究の過程で、上記「今後の推進方策」にあるように、当初の予定にはなかったカッシーラーについての研究を加える必要性が明らかになった。そのため、平成25年度は、カッシーラーの思想に関連する文献資料も新たに相当数購入する必要がある。このための予算(物品費)を十分確保するために、今年度の研究費の未使用分を次年度へ繰り越すことにしたい。
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