研究課題/領域番号 |
23520048
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研究機関 | 吉備国際大学 |
研究代表者 |
大谷 卓史 吉備国際大学, 国際環境経営学部, 准教授 (50389003)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 情報倫理学 / プライバシー / 科学技術史 |
研究概要 |
1.日本におけるITプライバシー問題についての解明。 第一に、インターネットの普及によって日本のプライバシー状況が変容しつつあることを指摘した。インターネット上に分散する情報を恣意的・機械的に統合して提示するなどの操作により、実像とはかけ離れた自己像が提示される問題が生じ、さらに情報主体によるその自己像の修正が困難になっていることを指摘した。第二に、プライバシーは、隠蔽か暴露かという二元論で考察されることが多いものの、情報の提示の仕方が、情報主体の人格的利害に大きくかかわることを示した。この帰結として、悪事を隠蔽する権利であるというプライバシー権への批判が必ずしも当たらないことを指摘した。2.情報セキュリティ問題について プライバシーは情報セキュリティと機密情報の保全に密接に関連している。本研究においては、第一に、インターネットの普及以前から、現代までの情報セキュリティの変容を歴史的に記述した。電子データの利用が増大し、インターネットが普及したことで、情報セキュリティの脆弱性と脅威が増大していることを示した。2000年代後半からは経済的・政治的目的からの情報システムへの攻撃が増大する傾向があり(脅威の政治・経済化)、情報流出が大規模化していることを示した。第二に、文脈依存性の観点から、ウィキりークス問題に代表される現代の情報保全の課題について論じた。現代の組織はIT利用を拡大し権限委譲を進めることで意思決定の迅速性を得る一方、この結果、機密情報の漏えいリスクは高まった。情報保全・管理の技術・社会統制と組織内の信頼醸成との均衡を図る必要があることを指摘した。3.情報倫理研究会の開催若手・中堅の情報倫理研究者を集め、情報倫理研究会を開催した。現代的な情報倫理問題について検討し、議論を行った。この研究会の成果は、大学生向けの情報倫理教科書として2012年秋に公刊される予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
次の二点につき、計画よりも研究が遅れている。(1)日本民家に見る日本人のプライバシー意識の考察。昨年度、連携研究者と研究上の意見・情報交換を行う研究合宿とあわせて、日本民家の構造調査を行うことを予定していた。しかしながら、研究代表者および連携研究者の本務先における多忙や、上記の情報倫理研究会残務の処理などによって、調査を実施できなかった。民家研究については、民俗学や建築史の文献調査を進めている。(2)プライバシーの形式化の研究。プライバシーの形式化に関しては、研究連携者との対面による文献の検討によって、状況意味論で開発された手法が利用されていることが明らかとなった。プライバシーの形式化を理解する重要な手がかりであると考えられる。しかしながら、上記の研究合宿が開催できなかったことにより、それ以上の進展を見ることがなかった。一方、次の点では研究が計画通りもしくはそれ以上に進捗している。(1)情報倫理学・法学文献におけるプライバシー概念の検討。プライバシーに関する情報倫理学・法学文献を収集・分析している。SoloveおよびNissenbaumの文献に関しては翻訳を進めている。SoloveのUnderstanding Privacyは、今年度において翻訳出版予定。これはほぼ計画通りの進捗と考えている。(2)現代日本におけるプライバシー状況。上記のように、現代日本におけるプライバシー状況については、論文2本および論説を2本発表している。これもほぼ計画通りと考える。
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今後の研究の推進方策 |
次の5点について研究を実施する。(1)日本民家に見る日本人のプライバシー意識の考察。文献調査を進めるとともに、実地調査により日本人のプライバシー意識を解明する。実地調査については、年間3件程度を予定している。実地調査では日本各地の民家を調査し、地域的な偏りをできるだけ少なくする。建築史と民俗学の文献調査によって、構造としては残らない民家の使用法や個人空間・家族空間の作り方についてあわせて研究する。(2)プライバシーの形式化。プライバシーの形式化に関しては、連携研究者との研究合宿を通じて理解を深め、来年度には実際のプライバシー保護技術やプライバシー侵害状況について形式化を行う。(3)情報倫理学・法学文献におけるプライバシー概念の検討。海外文献の収集・整理・分析を引き続き実施する。重要文献については、毎年1、2点の翻訳刊行を目指す。国内のプライバシー意識に関しては、プライバシー概念導入期以降の法学文献に注目し、どのような理解がなされていたかを検討する。また、SoloveがUnderstanding Privacyで指摘しているように、「プライバシー」の用語は非常に広がりが大きい。国内においてはプライバシー侵害の事例と考えられていない問題であっても、Soloveの分類に従えばプライバシー侵害にあたる例もあると思われる。こうした裁判例や事件の例を探していくつもりである。(4)その他の領域におけるプライバシー問題の探究。ヨーロッパのプライバシー概念の成立には、個人空間の成立に加えて、個人主義の成立や黙読による読書、都市生活の広がりなどの要因が重要であるとされている。日本において、こうした要素がプライバシー意識に同作用したか考察する。(5)現代におけるプライバシー問題の解明。上記の見解を総合し、現代日本においてプライバシーがどのようなものであるか、どのようにほごすればよいか考察する。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度においては、次の研究を実施する。(1)日本民家に見る日本人のプライバシー意識の考察。文献調査としては、現在品切れ中であるが復刊を予定されている今和次郎の全集などの民俗学・建築史の文献の収集と分析をさらに推進する。あわせて、北陸、中国、東北地方の民家を各地1件ずつ調査する。この際には、連携研究者および文化人類学者の協力を得る。(2)プライバシーの形式化に関しては、連携研究者と協力し、Nissenbaumの論文の検討に加えて、状況意味論の研究を進める。プライバシーの形式化および情報倫理学に関する研究合宿および研究会を開催する予定である。(3)情報倫理学・法学文献におけるプライバシー概念の検討。海外文献の収集・整理・分析を引き続き実施する。2013年3月、みすず書房からSolove, Understanding Privacyの翻訳を刊行する予定である。また、NisssenbaumおよびSoloveの別の著書についても翻訳を進め、出版刊行できる状態とする。日本の法学概念におけるプライバシーについて、今年度は初期の使用例とSoloveの分類に当てはまる事例の探索を行う。初期の使用例については、「宴のあと」裁判の前後に、プライバシーの語を含む法学文献や紹介が現れているので、これらの文献の分析を行う。また、裁判例についてSoloveの分類に従って検討を進める。(4)学際的領域におけるプライバシー問題の探究。読書や個人主義の成立、都市生活の広がりによるプライバシー意識の成立について先行研究の読解を進めるとともに、(1)の研究やその他読書史・学問史・技術史・都市史などの研究を活用して、日本の事例について考察する。
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