研究課題/領域番号 |
23520048
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研究機関 | 吉備国際大学 |
研究代表者 |
大谷 卓史 吉備国際大学, 国際環境経営学部, 准教授 (50389003)
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キーワード | プライバシー / 情報倫理学 / 状況意味論 / 哲学・倫理学 / 情報技術 / 科学技術史 / 匿名性 / 生活史 |
研究概要 |
本助成金の成果の一部として、本年度は次の著書・論文発表を行った。 大谷卓史「最近の情報倫理学・法学海外文献におけるプライバシー研究の動向」『信学技報』112(129) 223-228(2012年7月) 土屋俊監修、大谷卓史編著『情報倫理入門』アイ・ケイコーポレーション(2012年9月) 前者は、日本では紹介が遅れている米国における法哲学・情報倫理学分野のプライバシー研究を紹介し、整理するものである。後者は、2012年2月に開催した第1回情報倫理学研究会を受け、現在の情報倫理学・科学技術史研究の成果を踏まえ、わが国情報倫理学の第一人者の監修を受けた、中堅・若手の哲学者・倫理学者・科学技術者による初学者向けの教科書である。情報倫理学教育の重要性は指摘されながら、現在の学問水準から見て内容的に充実すると同時に哲学・倫理学を専攻しない教員によっても教えやすい教科書はきわめて少ない状況であった。本書は、学問的成果を踏まえて、大学の教養課程における教育現場で使いやすいほかに類を見ない教科書と考える。 2012年3月には、第2回情報倫理学研究会を開催し、研究発表および議論を行った。情報セキュリティの研究者および建築家を招き、情報技術や住居建築とプライバシーの関係について講演をいただき、議論を行った。また、研究代表者のほか、研究連携者が、本プロジェクトで展開したプライバシー研究について報告を行った。現在の最新の研究状況を踏まえた、情報倫理学におけるプライバシー研究に関して討論を行う重要な機会となった。この研究会での議論を踏まえ、さらに平成25年度の研究を加速していく予定である。 また、『月刊みすず』における連載「科学技術の現在史」において、現代における情報メディアに関連するプライバシー問題について時評的に論じている。この中では、従来の学術的研究では指摘されなかったプライバシー問題も指摘し、検討した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
プライバシーの文脈依存性と多義性を解明するため、論理学と歴史学の手法を取り入れた哲学・倫理学的研究を実施している。 歴史学的研究に関しては、日本の近世から近代にかけての生活や慣習に関する専門文献・一般文献を収集・読解し、必ずしも日本にプライバシーは存在しなかったとは言えないことを確認しつつある。国内では紹介されていない非西洋世界に関するプライバシー文献も確認している。また、西洋の都市史・建築史の文献を読むと、多くの一般公衆においては、プライバシーのある生活を送るようになったことが19世紀ころであることがわかる。歴史的に見て、プライバシーは西洋のものであるという一般的な思い込みを正すための材料が整いつつあるように思われる。 論理学的手法による研究は、主に連携研究者の村上祐子東北大学准教授が実施している。状況意味論にもとづき、役割という文脈によるプライバシー情報の開示・非開示の変更に関して形式化を実施している。これらの成果にもとづいて、プライバシーの哲学・倫理学的研究を進めつつある。 現在の米国のプライバシーに関する法学および情報倫理学分野における代表的論者であるD. SoloveとH. Nissenbaumの著書を分析している。プライバシーの多義性と文脈依存性について解明を試みたD. Soloveの_Understanding Privacy_(Harvard Universsity Press, 2008)に関しては、その成果として、翻訳を準備中であり、平成25年度中に発行予定である。 上記の歴史的・論理学的研究および、法学・哲学分野での細心のプライバシー理論の検討を踏まえて、平成24年度においてはプライバシーと自由の関係について検討を開始した。 平成25年度は、上記の研究成果を統合し、プライバシーの文脈依存性と多義性について分析した結果の発表を開始する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
今年度までの研究をもとに研究成果の発表を進めるとともに、さらに歴史学的・論理学的手法によるプライバシー研究の進展を図る。プライバシー意識の歴史的な比較研究については、身体や性・排泄行為などの恥の意識や私的・公的空間の分離を中心に議論を整理する。論理学的手法に基づくプライバシーの理論的研究については、状況意味論による記述のさらなる精緻化を目指す。 上記の歴史的・論理学的研究を踏まえて、プライバシーの理論的研究を推進する。D. Soloveの_Understanding Privacy_(Harvard University, 2008)に加えて、Rafael Capurro, Michael Eldred & Daniel Nagel, _Digital Whoness_(Springer, 2013)などの新しい研究に加え、ShoemanやWesting、Gavisonなどの古典的なプライバシー研究の再検討を行う。 最新のプライバシー問題に関して、理論的研究を踏まえて考察を行い、時論的エッセイや学会発表、論文などの形で公表していく予定である。 上記の研究のため、文献研究に加えて、『情報倫理入門』を制作するに当たって形成した研究グループを中心として、年4回~5回程度情報倫理学研究会を開催し、プライバシーを初めとする現代的な情報倫理学に関する問題について議論する場を設け、ここでの議論を本研究プロジェクトに反映させるとともに、今後のわが国における情報倫理学研究のひとつの拠点を形成するための準備を進める予定である。中堅・若手の情報倫理学に興味を持つ哲学者・倫理学者を中心として、工学者や法学者、教育学者(情報教育)など、幅広い研究者や実務者を話題提供者や発表者として参加していただくことで、情報倫理学に関する理論的・経験的な知見の蓄積と展開を図る。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度使用額が発生したのは、当初予算で計上したプライバシーに関する新聞・法律データベースにつき、契約に至らなかったためである。当初予定していた新聞・法律データベースは、プライバシー問題以外の用途にも利用が可能なため、本研究プロジェクト予算からの支出はふさわしくないと判断し、契約を取りやめた。有料データベースを契約する代わりに、個人研究費等で契約した安価な判例・法律文献データベース(書誌情報のみ)やOPACなどを活用し、ILLによる文献取り寄せのほか、研究代表者が当該文献およびそれと関連する情報を検索・閲覧・複写するため、各地の図書館等での文献調査をより集中的に行うこととした。 次年度、上記のような観点から文献の収集と分析を継続して進めるとともに、学会発表、研究会開催を通じて、研究の深化・進展に加えて、研究成果の公表を進める。また、プライバシーに関する翻訳書を出版する。 文献収集については、上記のとおりである。 次年度は、国内の学会発表を積極的に実施する。応用哲学会第5回年次研究大会および電子情報通信学会技術と倫理研究会(年4回)などでの発表を予定する。海外向け発表に関しては、平成26年度に英語論文を投稿予定である。また、『情報倫理入門』の制作に当たって形成した研究グループを中心として、年4~5回程度情報倫理学研究会を開催する。この研究会では、若手・中堅の情報倫理学に関心を有する哲学者・倫理学者に加えて、広く関連分野の研究者等を招聘し、研究発表および講演をしていただく。現代のプライバシー問題に関する最新情報を得るとともに、プライバシー理論構築のための重要知見を獲得することを目指す。 今年度までの研究を踏まえて、D. Solove, _Understanding Privacy_(Harvard University, 2008)の翻訳をみすず書房から6月に出版予定である。
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