研究課題/領域番号 |
23520060
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研究機関 | 阿南工業高等専門学校 |
研究代表者 |
藤居 岳人 阿南工業高等専門学校, 一般教科, 教授 (80228949)
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キーワード | 懐徳堂 / 儒者 / 朱子学 |
研究概要 |
本研究は、江戸時代に大坂の町人が設立した学問所・懐徳堂の儒者が有する経世思想、特にその一環としての教育思想を分析して、日本近世儒教思想史上における懐徳堂学派の思想史的位置づけを再構築することが目的である。具体的には、懐徳堂学派の儒者にも朱熹の頃の朱子学が有していた政治参画をめざす儒者としての性格が見いだせるのではないかという見通しを示すことが本研究の目的である。 前年度は、中井竹山の経学研究を通して懐徳堂学派が朱子学を再評価した理由を検討した。そして、道徳と政治との双方に通じることが朱子学の基本的立場であり、その立場を遵守するのが本来あるべき儒者だと竹山が考えていることを明らかにした。すなわち、ある程度身分制が固定化していた江戸時代にあっても、政治に関わるべき地位にあるべきだという認識を懐徳堂学派の儒者が有していたことを明確にした。 今年度は、教育によって達成される懐徳堂学派の理想的人間像を中井履軒の経学研究の検討を通して明らかにした。履軒の経学思想は、すでにその聖人観を中心に、ある程度、解明している。すなわち、履軒の考える儒教的聖人は、教育によってめざされる究極の理想像であり、具体的には、道徳と政治との双方に通じているのが儒教的聖人だった。その儒教では聖人が究極の理想像で、君子は聖人に次ぐ理想像とされることから、聖人像の性格が君子にも当てはまるかどうかを検討した。その結果、履軒の君子観も道徳的理想像と為政者的理想像との両側面をともに有するものであることが明らかになった。聖人にせよ君子にせよ、江戸時代当時の朱子学者が道徳的理想像としての側面を強調する傾向があることを考えれば、この点は履軒の立場、ひいては懐徳堂の立場の特徴と言ってよい。そして、この懐徳堂の立場は、実は朱子本来の立場、すなわち、宋代士大夫が道徳と政治との双方を重視する立場に近い。以上のことが解明できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、①江戸期儒者としての懐徳堂学派の立場の分析②懐徳堂の経世思想の分析③懐徳堂の経学思想の分析、の三点の柱を中心に懐徳堂学派の教育思想を分析することをめざしている。とりわけ今年度は、②懐徳堂学派の経世思想の分析、③懐徳堂学派の経学思想の分析を中心に研究を進めてきた。 ①については、「儒者」あるいは「知識人」を主題とした論考を検討し、そのうえで、基礎資料を継続的に収集し、内容の分析を進めている。②については、『草茅危言』『竹山先生国字牘』を中心に中井竹山の著述の読解を進めている。特に『竹山先生国字牘』に見える諸藩の有力者とのやりとりからうかがえる竹山の経世思想、具体的には社倉論や商業利益に関する議論などの内容を検討し、竹山の経世思想の概要を明らかにすべく、分析を進めている。③については、『論語逢原』『孟子逢原』『中庸逢原』等の著述からうかがえる中井履軒の君子観を中心に分析を進め、履軒の聖人観と同様に、君子観にも道徳的理想像と為政者的理想像との両側面がともに認められることを明らかにした。 上述の研究を進めるための基礎資料の文献調査も継続的に実施している。懐徳堂学派の儒者に関する一次資料の多くは大阪大学附属図書館懐徳堂文庫に所蔵される。それ以外にも懐徳堂関係の資料は、大阪府立中之島図書館、国会図書館東京本館、たつの市立龍野歴史文化資料館等において所蔵される。今年度も国会図書館東京本館の文献調査を実施できなかったのはやや不十分な点であるが、その他の大阪大学附属図書館、大阪府立中之島図書館等の実見調査は実施できた。 また、今年度得られた研究成果は、大阪大学で行なわれた第11回名大・阪大中国学研究交流会にて「中井履軒の君子観」と題して発表し、公表することができた。 以上のことから研究計画はほぼ順調に進んでいると言える。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は、①江戸期儒者としての懐徳堂学派の立場の分析②懐徳堂の経世思想の分析③懐徳堂の経学思想の分析、の三点の柱を中心に懐徳堂学派の教育思想を分析することをめざしており、全般的にほぼ順調に進んでいる。次年度は研究計画最終年であり、これまで進めてきた研究を総括すべく計画を推進する。 ①については、「儒者」あるいは「知識人」を主題とした論考を収集し、内容の分析を進めたうえで、論考を執筆する。 ②については、中井竹山の著述の読解を通した懐徳堂の経世思想を明らかにするために、『草茅危言』に見える新学校設置論等、教育に関する竹山の思想を検討し、竹山の経世思想が教育思想に反映される様相、すなわち、儒者が教育者として社会的地位を確立する様相を分析する。 ③については、中井履軒の著述からうかがえる彼の君子観がほぼ解明できたことから、これまでに明らかにした履軒の聖人観も考慮に入れつつ、懐徳堂学派の経学思想が経世思想の一環としての教育思想に反映される様相を明らかにする。 特に、これまで「脩己」と「治人」と、すなわち、道徳と政治との双方を重視することが懐徳堂学派の儒者の基本的立場だと強調してきたけれども、道徳と政治とがどのように統合されると彼らに理解されていたのか、この問題をより具体的に解明するための手がかりを得たいと考えている。現時点では、『大学』の八條目に象徴されるような「脩己」から「治人」へと向かう直線的な流れで両者をとらえるのではなく、「脩己」と「治人」とを同列に置いたうえで、両者を止揚することによってさらにレベルアップした「自己」を見出すような統合を懐徳堂学派の儒者は考えていたのではないかという見通しをもっている。 なお、研究計画初年度から進めてきた研究成果も含めて、上述の研究成果は研究成果報告書の刊行によって公表する。研究成果報告書は科研費の印刷費を使用して刊行することとする。
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次年度の研究費の使用計画 |
本研究は、上述の通り、①江戸期儒者としての懐徳堂学派の立場の分析②懐徳堂の経世思想の分析③懐徳堂の経学思想の分析、の三点の柱を中心に懐徳堂学派の教育思想を明らかにする。 この研究計画を遂行するには、これまでに引き続いて、ある程度頻繁に資料調査や情報収集等を実施する必要があり、そのための国内旅費として研究費を使用する。具体的には、大阪大学附属図書館懐徳堂文庫所蔵資料・大阪府立中之島図書館所蔵資料の実見調査を中心に、年6回(4月、6 月、8 月、10 月、12 月、3 月)の調査を予定している。また、年2 回(8 月・2 月)、国会図書館東京本館の調査を予定している。それに加えて、懐徳堂関係の資料を所蔵している龍野歴史文化資料館にも年2 回(7 月・11 月)の実見調査を予定している。 さらに設備備品費として研究費を使用する。こちらも前年度に引き続いて、中国思想史や日本近世思想史等に関する最新の研究情報を収集するための基礎的文献資料の購入を予定している。 その他、収集した研究情報の整理等のための消耗品費として研究費を使用する。具体的には、文房具(USBメモリー・CD-ROM他、パソコンに使用するものを含む)を購入する予定である。 さらに研究計画期間中に得られた研究成果は研究成果報告書の刊行によって公表する。研究成果報告書は印刷費を使用して刊行することとする。
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