研究課題/領域番号 |
23520064
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
蓑輪 顕量 東京大学, 人文社会系研究科, 教授 (30261134)
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キーワード | 一心 / 法相宗 / 達磨禅 / 良遍 / 勧誘同法記 / 凝然 / 日珠鈔 / 円照 |
研究概要 |
昨年から引き続き、良遍の『真心要決』の研究を前半期に進めた。訳注研究は、薬師寺に伝わり現在は東京国立博物館に寄託管理されている、良遍自筆の写本を参照しながら進めることができた。その成果は6月に開催された平成24年度のインド学仏教学会の学術大会に「良遍の『真心要決』と禅」と題して発表した。良遍は中国五代に活躍した永明延寿の『宗鏡録』の影響を受けており、また法相宗の先輩に当たる解脱貞慶の『勧誘同法記』の影響を強く受けていることを明らかにすることができた。思想的には法相宗では理と事の二つの観点から心を考察するが、そのうちの理心が達磨禅の一心と一致すると主張することを明らかにし、悟の境地を知覚そのものに見るのは修行のうちの観による理解であると解釈できることを明らかにした。 また、前半期から、凝然の『梵網戒本疏日珠鈔』の写本を東大寺より取り寄せ、大正新修大蔵経所収本と比較、対照しながら読解を進め、東大寺に活躍した僧侶に達磨禅が与えた影響を探求した。こちらは、凝然の師になる円照が重要な人物となることを確認し、円照が良遍と同じく円爾辨円から達磨禅の影響を受けていることを明らかにした。 また凝然の比較的若い時期の著作である『梵網戒本疏日珠鈔』には、あまり円爾からの影響を確認することは出来なかったが、凝然の著作になる『法界義鏡』には、修行道に関わる記述が多く見られることを確認した。こちらは、台湾の仏光山が主催した国際会議(平成25年4月17日発表)で発表すべく「中世南都に与えた禅の影響」と題する発表論文の作成をおこなった。凝然には達磨禅からの影響と思われる記述は、残念ながらあまり見出すことは出来なかったが、修行道に関心を持っていたことを明らかにすることが出来た。戒律に関わる資料である『日珠鈔』と瞑想に関わる資料である『法界義鏡』の読解を漸次、進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
入手が遅れた良遍の『真心要決』の写本に基づき訳注研究を進めることが今年度の前半期にはできたが、予定よりやや遅れての作業になってしまった。結局、年間を通して、全体として、予定していた作業の70パーセント程度しか実行できていないように思う。 中世奈良における法相宗に与えた達磨禅の影響を明らかにすることは遂行できていると思うが、時間の遅れは否めない。本年度は、その初期に良遍に関する作業を行っていたので、凝然を中心とした東大寺僧に与えた達磨禅の影響を探求する作業が、それによって若干、後にずれ込んでしまった。写本を用いた研究であるので、写本の入手に関しては、早めに対応したが、実際の読解作業に手間取っているのが正直なところである。その理由は、凝然の著した『梵網戒本疏日珠鈔』の写本は、ほぼ楷書に近い読みやすいものであったが、分量が多いこと、引用の典籍が多岐に渡ること、仏典以外の典籍も引用され、その正確な理解に時間が掛かっていること、などが主なものである。また、内容的に戒律の話が中心のはずであるのだが、直接に関係のない話も多く、それゆえに内容を正確に理解するのに困難が伴った。これらが、時間が掛かっている理由であると思う。 また、平成25年4月17日に機会を頂いた台湾の仏光大学での発表に合わせ、論文の作成をおこなったが、凝然に与えた達磨禅の影響を調べるには、凝然の初期の著作である『日珠鈔』のみでは不十分であることに気付き、修行道に関して直接的に述べていると推定されるその他の資料を探し、たとえば『法界義鏡』なども考察の対象に含めた。このことによって、一つのテキストに作業を集中させるのではなく、ある一定の期間、複数のテキストを読み進めたことによる作業の非能率性も、一因になったと思われる。このような点に鑑みると、残念ながら、最初の予定の70%程度しか、達成できていないように思う。
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今後の研究の推進方策 |
ここまでは、中世の時代に紹介された新来の達磨禅が、南都の教学に与えた影響を法相宗と華厳宗(律宗とほぼ重なる)を対象に検討してきたが、まだ華厳宗に対して与えた影響が、あまり明らかに出来ていない。これは、中世の華厳宗といっても、東大寺戒壇院の僧侶を対象に選んだことに起因すると考えられる(中世の律宗は、唐招提寺、西大寺と東大寺戒壇院の三つが独自の拠点となった)。しかし円照という戒壇院を復興した南都の重要人物の検討は外すことが出来ないと考えたため、東大寺の円照と凝然に焦点を絞った。まず、円照を検討の対象としたが、教理的な著作がほとんど存在しないため、伝記資料に頼らざるを得なかった。よって、教理的な資料が存在視しない場合には、二次的なものになってしまうが、伝記資料を主たる資料として用いることも可としたい。また凝然の場合は、その著作である『日珠鈔』が大部のもので、他の著作と平行して読み進めたことにより時間が多く掛かったので、大部の資料は、ほぼ読み進めるのに掛かる時間を予測し、時間を計画的に使用することを励行したい。 また、今後の研究では、伝記でも著作でも双方重要なものとして取り扱いたい。写本を取り寄せるのに苦労したが、円照の弟子である凝然と、その後に戒壇院の僧侶として活躍した志玉の残した資料を中心に、今後は検討を進める予定であるが、写本の入手には、本年も万全を期し、早め早めに対応することで、余裕を持てるようにするつもりである。最終年度は、検討対象としている範囲を、東大寺戒壇院に活躍した凝然と志玉に限定して、全体の総括に繋がるようにするつもりである。結果として、達磨禅の影響を見て取れることが、ある程度予想される人物に絞って、その内容を検討することに専念したい。
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度は最終年度であるので全体を4ヶ月ごとの3期に分ける。まず第1期は、少し遅れ気味の凝然の禅理解の研究を進める。まず凝然に関わる研究では、前年度から引き続き『日珠鈔』と『法界義鏡』と中心に、禅宗の影響という視点からの考察を進める。 次に第2期は、室町時代初期に活躍した普一国師志玉の研究に入る。戒壇院で『華厳五教章』や『起信論』を講じたと伝えられる志玉の残した資料を中心に調査を進める。なお、志玉の残した資料は少なく、『華厳五教章見聞』という聞書資料が数少ない資料の一つとして現在に伝わるのみである。その一方で、志玉は、猿楽能の一派を築いた金春座の金春禅竹の著作である『六輪一路之記』に大きな影響を与えたことが知られている。金春禅竹との関わりの中で、彼は『六輪釈』を残しているが、本書は、禅竹の『六輪一露之記』と密接な関係にあり、達磨禅の影響が彷彿される。本書は、滋賀県の西教寺に写本が伝わる。志玉に関しては、彼と関わりを持った人物による聞き書き資料や『六輪釈』などを読解することで、禅からの影響を探る予定である。その際、写本資料は所蔵する寺院に赴き調査する必要がある(旅費・その他)。また、調査にはノートpcを購入して使用したい(備品)。 最後の第3期は、全体を鳥瞰しながら、中世における南都僧と達磨禅の交渉に関する論文のまとめを行う。院政期には伝わった永明延寿の『宗鏡録』と、東福寺の開山になる円爾辨円が、南都の諸宗に対しては大きな影響を与えたことが今までの調査から分かったので、今後はその影響が、地域的にも時代的にも、どこまで及んでいるのか、という視点を含めて考察を進めたい。また、全体に渡る研究の成果を纏める予定であるが、それらの成果は、海外の大学におけるワークショップ等で発表し、共有できるものとするつもりである(旅費)。
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