研究課題/領域番号 |
23520068
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
岩田 孝 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (80176552)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 他者のための推論 「国際研究者交流」オーストリア / 主張命題 / 無形相知識論 「国際情報交流」イギリス / 有形相知識論 |
研究概要 |
インド仏教においては、七世紀中葉に、仏教論理学の基盤が形成された。その基盤の一つとなったのが法称の著作『知識論決択』である。本研究では、同書における他者のための推論を解析する。他者のための推論は、同書第三章に論じられている。『知識論決択』は、法称の認識論と論理学を考察するための最も基本となるテキストであるが、そこでは、法称の意図する論点が極めて簡潔に記述されている。その意味でこれは難解な書物である。そこで、法称の論理学の全体像を捉えるために、法称の推論説での主要な理論の梗概を次の論文においてまとめた。『シリーズ大乗仏教9 認識論と論理学』(桂紹隆等編)「第四章 ー 論理学 ー 法称の論理学」春秋社、2012.121-153. 今年度は、他者のための推論に用いる論理的な諸概念の中から、「主張命題」なる概念を取り上げ、主張命題は「直接知覚、推論、世間規約などによって拒絶されない」命題である、という法称の主張命題の定義の意味を分析した。この書物の解読には、それまでの法称の著作の内容との対照、さらには、二つの注釈の参照が不可欠である。特に法上の浩瀚な注釈は、概念規定にとって有益な情報を提供している。幸いにも、法上の注釈の梵文写本がオーストリア科学アカデミーに所蔵されており、所長であるクラッサー博士のご厚意により閲覧可能となった。同研究所のヒューゴン博士を早稲田に招聘し共に解読を進めた。 法称の理論の後期大乗仏教教義への影響を調べる研究の一環として、11世紀のサハジャヴァジュラによる仏教諸学派の教義の綱要書『定説集成』の一部(瑜伽行派の教義)の梵文写本の和訳および注解の草稿を作成した。更に、その解読結果の一部について英訳を試みた。英文の推敲に際しては、以前にオックスフォード大学のサンダーソン教授と読み合わせたものを参照した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
法称の『知識論決択』の中の主張命題の定義における「主張命題が世間規約によって否定されない」という規定の部分の解読、および、ドイツ語訳注を作成した。この書物の解読には、法上による浩瀚な梵文注釈の解読が不可欠であるが、その注釈そのものも難解な書物である。オーストリア科学アカデミーの研究員ヒューゴン博士とともに一部の解読を行ったものの、写本の頁数は多く、内容まで十分に分析できない部分もあった。この解読は、次年度以降に継続する研究とした。 サハジャヴァジュラの著作『定説集成』(sthitisamasa)での仏教諸学派の定説の中で、無形相知識論瑜伽行派と有形相知識論瑜伽行派の定説の部分の和訳を推敲した。この書物も偈文のみからなり、そこでは、後期大乗仏教の教義が簡潔に記述されている。したがって、解読に際しては、その定説が思想史的にどのように展開して成立したのかを跡付けなければならない。その一つの方法として、法称の著作、それに対する注釈者の解釈、これらに基づいた後期大乗仏教の諸学匠の諸説と、サハジャヴァジュラの定説との関連の可能性を考察した。この関連の可能性をより高めるには、さらに補助的な文献資料を解読する必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
法称の『知識論決択』の中の主張命題の定義を解析するために、同書のテキストおよびその解読に必要な梵文注釈の読解の精度を高めることが緊急を要する課題である。ヒューゴン博士(現在、スイスのローザンヌ大学特任教授)とともに、梵文注釈の写本の解読、西蔵語との対応などの基本的な文献研究を進める予定である。 サハジャヴァジュラの著作『定説集成』(sthitisamasa)での仏教諸学派の定説の中で、瑜伽行派の唯識説の定説の部分の訳注の草案を英訳して、オックスフォード大学のサンダーソン教授と読み合わせのための資料を作成する。後期大乗仏教に対して、批判的な視点から論じているジャイナ教の諸論師の書物には、仏教文献の引用が多く見られる。これらは仏教教理がどのように他学派に理解されていたのかを知るための重要な資料となる。そこで、これら諸文献に記述されている瑜伽行派の諸説を分析する。そして、これらの瑜伽行派の諸説の思考形式の中で、サハジャヴァジュラの『定説集成』での教理の理解に参考となるものを抽出する。
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次年度の研究費の使用計画 |
法称の梵文テキスト『知識論決択』の主張命題の定義の「主張命題は直接知覚や推論などによって拒絶されない」という規定の部分について、これまで解読分析した結果をまとめる。更に、その梵文テキストのドイツ語訳注を作成する。まず、筆者が草稿を作り、ドイツ文学のシュレヒト早大教授にドイツ語としての推敲を依頼する(翻訳推敲謝金)。その後に、オーストリア科学アカデミー所長のクラッサー博士と共に、梵文と西蔵語の資料解読を行い、ドイツ語訳注の原稿を推敲する(クラッサー博士の早稲田大学への招聘、筆者のオーストリア科学アカデミーへの出張の旅費、および専門知識供与の謝金)。 法称の『知識論決択』の理論の理解のために必要な法上の梵文注釈の写本を解読する。その一過程として、写本の転写を行う、そして梵文の校訂のために西蔵語訳との対照を精査する(大学院生アルバイト、講師への専門知識供与謝金)。 サハジャヴァジュラの『定説集成』の梵文写本の解読に関しては、オックスフォード大学のサンダーソン教授が、今年度の秋学期に京都大学に招聘されるので、その間に、早大において、瑜伽行派の有形相知識論の節について筆者が作成した英文訳注の草稿を基に、梵文テキストの解読を同教授と共に行い、英文草稿を推敲する(旅費、専門知識供与謝金)。
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