研究課題/領域番号 |
23520068
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
岩田 孝 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (80176552)
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キーワード | 他者のための推論「国際研究者交流」オーストリア / 主張命題 / 瑜伽行派無形相知識論「国際情報交換」イギリス |
研究概要 |
本年度は、法称(Dharmakirti)の主著『知識論決択』第三章の中の主張命題の定義の一部――主張命題とは「[立論者]自身にて[所証であると]意図されているものである」という規定の部分――を梵文テキストに即して解読し、法称の論理的思考方法を分析した。仏教論理学派が立論者「自身にて」という語を用いて主張命題を定義したのは、立論者が論書に準拠することなく主張命題を立てることを可能にするためである、そして、伝承教説としての論書の内容を誰も否定できないと主張する仏教外の反論者説を批判するためである。このことを、テキストの翻訳を通して文献的に明らかにした。 同書の翻訳に際しては、オーストリア科学アカデミーの研究所に保管されている法上(Dharmottara)の梵文註釈の写本を参考にした。写本の解読と校訂が難しい箇所に関しては、Hugon博士を招聘して、意見を交換した。 法称の論理学説の応用として、後期大乗仏教の密教の学匠であるサハジャヴァジュラ(Sahajavajra)の『定説集成』の瑜伽行派の教理と実践を理論的に分析した。今年度は、無形相知識論唯識説における六波羅蜜の実践の意義を叙述した部分の梵文写本を解読し、和訳注を作成した(『東洋の思想と宗教』に収載)。オックスフォード大学のSanderson教授との写本の読み合わせを通して唯識説の内容の分析を行った。サハジャヴァジュラの実践説の思想史的背景を調べるために、同学匠の『真実十偈釈』(西蔵語訳のみに残された文献)における修道論の論説を和訳し解析した(『伊藤瑞叡博士古稀記念論文集』収載予定)。これにより、サハジャヴァジュラが顕教の修道論の基礎にカマラシーラ(Kamalasila)の『修習次第』の論説を据えていたことを明らかにした。これは、『定説集成』の瑜伽行派の実践の解読に大いに役立った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
法称の主著『知識論決択』第三章の中の主張命題の定義の部分の梵文テキストの解読に際しては、内容の分析を中心にして進めてきた。併せて、解読に必要な文献学的な基盤を固めることを試みた。具体的には、『知識論決択』原典の当該の論題に対する法上の梵文写本註釈の校訂と和訳を行った。これらを原典の翻訳の脚注に挿入した。これにより、簡潔かつ抽象的な形で述べられている法称の論理的思考方法を理解することが容易となった。
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今後の研究の推進方策 |
2012年度に、東京とウィーンにおいて、『知識論決択』のドイツ語訳注の推敲をKrasser博士と共に行う予定であったが、同博士の研究の都合で共同研究の機会をもつことができなかった。そこで、2013年度には、筆者がウィーンに一ヶ月ほど出張して、これまで日本で作成したドイツ語訳注草稿を同博士と読み、訳注を推敲する。この推敲には、法上の梵文註釈の写本の解読が不可欠である。Hugon博士と共に試みた法上の梵文註釈写本のdiplomatic editionの草稿の精度を挙げ、更に、翻訳に必要な註釈の部分のcritical editionを作成する。
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次年度の研究費の使用計画 |
これまで、翻訳してきた、法称の『知識論決択』の第三章での主張命題の定義に関する法称論説を、更に、ドイツ語訳注という形で整え、ドイツ語の翻訳の草案を作成する。そして、その草案を、オーストリア科学アカデミーの東洋学部門の所長であるKrasser博士、および、Lasic博士と共に、補正する(専門知識の供与)。その結果を、Steinkellner 名誉教授と共に精査し、訳文を確定する。法称の原典には解読の難しい箇所が多くあるので、ドイツ語の草案を梵文原典と共に読みながら直接意見を交換することが必要となる。草案を推敲するために、オーストリア科学アカデミー研究所およびウィーン大学におよそ一ヶ月出張する(外国旅費使用)。法称の主張命題の定義の論述のなかで、仏教内外の諸説を論難している箇所については、その諸説の由来を分析するために、チャールヴァーカなどの説に詳しいライプチッヒ大学のFranco 教授(ウィーン在住)と共に考察を行う(専門知識の供与)。 法上の註釈の梵文写本の解読困難な箇所についてHugon 博士と共に検討するために同博士を招聘し、早大の大学院のゼミにおいてテキストを読む(専門知識の供与)。
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