観自在菩薩の説話を説く経典 『カーランダ・ヴューハ・スートラ』(KV)の梵文のヴァージョンには、(1)7世紀頃のギルギット写本に基づくメッテ校訂本、(2)12世紀のネワール写本に基づくサマスラミ校訂本(S本)がある。またS本に近いヴァージョンに基づいて、15世紀頃、ネパールにおいて再編纂された(3)『グナ・カーランダ・ヴューハ』(GKV) のローケシュチャンドラ校訂本(LC本)が知られる。 研究期間全体に渡る文献学的研究として、S本を底本として、S本に使用されない梵文写本、チベット語訳、漢訳を参照し、KVの翻訳研究(和訳)を完成した。その成果の一部は、学術雑誌(『東方』28号)において公表した。またS本のデータベースを作成した。さらにS本とLC本との比較研究を、学会誌(『日本仏教学会年報』77号)において公表した。さらにまたS本とLC本に説かれる「諸天を生成する観自在」と関連するネパール仏教絵画の研究を、学術論集(『奥田聖應先生頌寿記念インド学仏教学論集』佼成出版社)において公表した。 最終年度の研究として、S本のKV 第2部第3章~第8章(最終章)までの翻訳研究、及び、データベースの作成を行った。また現在少なくとも13本知られているKV の梵文貝葉写本の中、最古層に属するとみられる3本の写本を精査し、それらと S 本及びチベット語訳との共通点、相違点等について考察した。その研究成果の一部は、学会誌(『印度学仏教学研究』第62巻第 1 号)において公表した。 本研究は、基本的にはS本とLC本とを比較することによって、インド本土からヒマラヤ山麓域のネパールへ、観自在信仰がどのように展開したのかを考察することを目的とした。研究期間内において、S本に関する文献学的研究のみならず、LC本の成立背景となったネパールの地域的文化も視野に入れて研究することによって、その信仰の展開の一端を解明することができた。
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