この研究では、先行研究である曽布川寛氏の『中国美術の図像と様式』(中央公論美術出版、2006年)の成果をモデルとし、馬王堆漢墓から出土した「非衣」、いわゆる「T字型帛画」に描かれた空間を古代中国における世界観・宇宙観の一つの到達点とみなし、とりあえずの空間的歴史軸上に先史時代からの出土文物等を配置した時、それらの作品の構図に、しかるべき蓋然性をもった解釈がなされ得るかどうかを判断の材料とすることとして作業を開始した。 空間と結びついた神獣として重要なものが漢代中期以降四方に配当されたいわゆる「四神獣」である。この「四神獣」の成立は五行思想の展開と深い関わりを持つ。周知のように、五行思想が時令思想のバックボーンとして使われていく課程では、四方に五行をいかに配当するかが大きな問題となっていた。「楚帛書」においては、神話のレベルとは言え、その難題に対して、時間と四プラス五の「九重の天」(甲篇には、四神と五木の精とが結託しても届かない高さに居なければ天帝の地位は危うい、という説明がある)という奥行きとで世界を解釈し、解決を試みている。歴史的に見れば、五行思想は中央土徳(黄色)を配置することによってやがて時令思想との融合を果たす。従って、この「楚帛書」が構想したような天の奥行きという解決法は、結果的に見れば政治思想の世界では採用されなかったことになる。しかしながら、この天の奥行きという考え方は神話の世界では継承され、やがて馬王堆漢墓から出土した「T字型帛画」として結実することになるのである。さらにまた、女かの四人の子供が天空を駆け巡ることによって四季が生まれる、という構想も四神獣へと引き継がれていく。 以上が、本研究のとりあえずの成果である。
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