研究課題/領域番号 |
23520104
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研究機関 | 青山学院大学 |
研究代表者 |
井田 尚 青山学院大学, 文学部, 准教授 (10339517)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2015-03-31
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キーワード | 十八世紀 / フランス / 百科全書 / 科学 / 信念 / 見解 / 説得 / パラダイム |
研究概要 |
本年度の前半には、『百科全書』全巻を対象に「デカルト主義」、「信念」など、本研究のキーワードによる検索を行った。特に科学理論の成立に大きく与る「信念」の語が用いられた科学項目を第1巻から第3巻まで読み込み、パソコンでデータベースを作成した。その結果、初期『百科全書』の複数の科学項目で、新旧のいずれの科学的見解が自然の普遍的説明モデル、正統な科学理論にふさわしいかをめぐる比較考量が行われ、その中でしばしば新旧パラダイムの転換が歴史的に叙述されていることが分かった。 本年度の後半は、以上のデータを元に、十八世紀フランスを代表する科学者、『百科全書』の共同編纂者であるダランベールが複数の項目で叙述した科学的見解の歴史をテーマに論文を発表し、以下の点を明らかにできた。1、項目「アンチペリスタシス」では、アリストテレス主義という旧パラダイムに属する非科学的な迷信を論破するため、ニュートン主義という最新のパラダイムから、同時代の科学者の見解や経験的観察に至る、様々なレベルの科学的言説が援用されている。2、項目「熱さ」では、ラヴォアジェにおいて成立する近代科学以前の古今の燃焼理論が紹介され、レムリーらの原子論的解釈が有力視されつつも歴史的限界に阻まれて正統理論を構成するに至っていない。3、項目「対蹠人」、「地球の形状」では、キリスト教の教義に反する誤謬とされていた「対蹠人」の概念が、地理学の発達により普遍的真理に転じるも、科学の更なる進歩によって理論的前提を揺るがされるに至った経緯が叙述されている。一方、両項目間に見られる典拠からの不用意な引用に起因する時代錯誤的な理論上の齟齬は、『百科全書』の科学項目の生成過程を考察する上で非常に興味深い問題であるため、今後の研究においても、『百科全書』研究において現在ますます重視されている典拠の観点から注視して行きたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度の研究の目的に沿い、年度の前半では、シカゴ大学の電子版『百科全書』のインターネットサイトの強力な検索機能を利用し、あらかじめ設定したキーワードによる『百科全書』の全巻検索を実施した。特に第1巻から第3巻(アルファベット順でAからCに相当)で「見解」("opinion")の語が用いられている科学項目の本文の該当箇所を中心とした内容には丹念に目を通し、科学概念の歴史叙述の観点から重要な項目を抽出して、パソコンでデータベースを作り上げた。この基礎的なデータベースの作成と本文分析の作業を通じて、当該年度の研究計画の方向性と見通しをある程度はっきりと把握することができた。 当該年度の後半では、上記のデータベースの構築と分析から得られた一般的な傾向に基づいた仮説を、『百科全書』の個々の項目の本文の精緻な分析と解釈によって裏付け、それらの科学項目において、古今の科学的見解が歴史的に叙述されるとともに、殊にアリストテレス主義、デカルト主義、ニュートン主義など、新旧の代表的な科学理論の間に生じたパラダイム転換が具体的な自然現象や科学概念をめぐって叙述されていることを確認できた。さらに、こうした分析の結果を当該年度の研究成果として論文の形にまとめて発表することができた。 以上の理由から、現在までの達成度については、交付申請書に記載した「研究の目的」に照らして、おおむね順調に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、初年度の研究成果を出発点として、「研究目的」の(B)『百科全書』の「パラダイム論争」とデカルト主義の命運を中心とした新旧パラダイムの転換に関する資料収集とデータベースの作成、(C)百科全書派の生命科学と科学的「信念」の衝突のテーマに関する資料収集とデータベースの作成を行いたい。なお、上記(B)および(C)の作業には、特に『百科全書』で直接・間接に言及されている十七世紀から十八世紀の主としてフランスおよび英国の科学文献(一次資料)の収集が必要になる。この点に関しては、次年度、本務校から在外研究員としてフランスのパリに派遣されることが決定したため、1年間のパリ滞在を活かして、フランス国立図書館、エコール・ノルマル・シューペリウール図書館などでの資料閲覧やコピーやマイクロフィッシュの形での資料収集、書店での文献(一次資料および研究書などの二次資料)の収集を勢力的かつ計画的に行うつもりである。 なお、近年はインターネット上における十八世紀関連文献のアクセス環境や検索環境が目覚ましい発展を遂げつつあるので、フランス国立図書館のインターネットサイトで公開されている一次資料を電子ファイルの形で収集・分析すると同時に、キーワードによる『百科全書』の本文の分析とデータベースの構築に関しては、従来と同様に、強力な検索機能を有する米国シカゴ大学のインターネットサイトArtfl Projectを活用するつもりである。 さらに、フランス(ヨーロッパ)に滞在している地の利を活かして、『百科全書』の諸項目の典拠となったチェンバース『百科事典』、ロンドン王立協会の機関誌『フィロソフィカル・トランザクションズ』など英国の辞典、および英国の科学・哲学文献(一次資料)の調査と収集をロンドンの大英図書館で行うために、英国への2週間程度の出張も計画している。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度はまず、設備備品費として、『百科全書』本体と並び、『百科全書』研究に不可欠な基礎資料であるエルマン版ディドロ全集(納期の遅れから次年度初頭に納品の予定)その他の十八世紀フランス文学の一次資料に「次年度使用額」の678,634円を充てたい(4月12日に納品完了)。 次に、「研究目的」の(B)『百科全書』の「パラダイム論争」とデカルト主義の命運、(C)百科全書派の生命科学と科学的「信念」の衝突、の両テーマに関する資料収集を行ないたいので、(B)で扱うニュートン主義、ライプニッツ主義、パラダイム論争、(C)で扱う生気論や機械論など生命科学理論について、フランス国立図書館に通い、一次資料の調査およびマイクロ資料などの収集を行う予定である。 次年度は在外研究員としてパリに滞在することに決定したため、日本からフランス国立図書館への国外出張そのものは不要となったが、『百科全書』の典拠として重要な位置を占めるチェンバース『百科事典』をはじめとする英国の辞典および科学・哲学文献を調査する必要が生じたため、英国ロンドンの大英図書館に14日の予定で資料収集に赴きたい。そのため国外旅費に30万円を計上する(パリ・ロンドン間列車代5万円、日当と宿泊代25万円)。資料調査が間に合わないものは、マイクロ資料としてB.N.および大英図書館で入手したいので、マイクロ資料代を15万円に設定する。さらに、啓蒙期のパラダイム論争関連の二次資料の収集に30万円を予定し、合計で45万円の設備備品費(次年度使用額の未使用分を除く)を計上したい。同時に、啓蒙期の科学・哲学関連の学術用CD-ROMやDVD等の購入に消耗品費として5万円を計上した。また、文献の整理に大学院生1名の協力を求めるため、謝金5万円を計上する。なお、B.N.等との通信費・複写代として「その他」で5万円を計上したい。
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