研究課題/領域番号 |
23520140
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研究機関 | 神奈川県立近代美術館 |
研究代表者 |
長門 佐季 神奈川県立近代美術館, その他部局等, 研究員 (20393077)
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研究分担者 |
伊藤 由美 神奈川県立近代美術館, その他部局等, 研究員 (50393070)
角田 拓朗 神奈川県立歴史博物館, その他部局等, その他 (80435825)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 日本近代美術 |
研究概要 |
本研究は、島根県津和野町にある太鼓谷稲成神社が所蔵する新出の《西周像》と津和野町郷土館が所蔵する既知の高橋由一作《西周像》の2作品について、保存科学と美術史の両面からその制作のプロセスと意義を検討するものである。まず、初年度である23年度は、共同研究者で保存科学を担当する伊藤由美を中心に、作品の基礎情報を得る目的から2作品についての光学調査と材料分析を行った。光学調査の具体的な方法は、通常光写真、近接写真、赤外線写真、紫外線蛍光写真、X線写真による撮影である。二つの作品それぞれの複数箇所から微小の絵具層の試料を採取してクロスセクションを作成し、光学マイクロアナライザーによる顔料定性分析を行った。目視による観察では、この2作品はきわめて酷似しているが、細部の描写処理の仕方や木枠、支持体の麻布などに違いが見られ、またX線写真では、顔や帽子の羽根の処理の仕方など表現上の違いもやや見られながらも、全体として大きな相違は見られなかった。赤外線写真では稲成神社所蔵の《西周像》からのみ鉛筆による下書き線が確認され、より慎重に描き進められたことがうかがわれる。さらに、材料分析によって2作品に使用された絵具の混色には類似するところが多いことから、制作された時期についてはほぼ同時代と考えられる。こうした分析調査のデータからは、2点の《西周像》が、同時代に、ほぼ同等の技術を持つ者あるいは同一の人物によって描かれた可能性が高いという、歴史的調査を進めるにあたりたいへん重要な情報が得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
結果的に当初予定していた2点の基礎的な光学調査はおおむね順調に進展しているが、昨年3月に発生した東日本大震災によって、被災した美術作品の修復に文化財レスキューとして参加した伊藤由美の手が裂かれ、着手までにやや時間の遅れが生じた。これについては9月以降作業を急ピッチで進めかなりの挽回をしたが、作品の経年変化と置かれていた環境による劣化が予想以上に進んでいたことから、保存の点では痛んだ箇所の修復作業については完了していない。一方、文献および歴史調査については、2年度目に予定していた青木茂、歌田眞介、山梨俊夫、角田拓朗らとの2作品にまつわる文献資料の収集を前だおしで進め、これまでに3回研究会を開催し、調査の発表、意見交換を行った。
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今後の研究の推進方策 |
今後は初年度の分析調査から得られた科学的データをもとに、制作年の確定および制作のプロセスを考察するために、肖像画のモデルとなっている西周の出身地であり、既知の《西周像》を有する津和野町の郷土館の協力を得ながら2点の《西周像》の制作依頼主である亀井家に残された資料の調査を進める。亀井家に残されていた高橋由一の肖像写真(郡山市立美術館蔵)の再検討はいうまでもなく、高橋由一が油彩画による肖像制作に際して。写真を用いているものがあるという事実から、西周の肖像画にも写真が用いられた可能性は十分にあると考えられる。調査の過程で西周の同構図の肖像写真の存在が明らかになれば、制作のプロセスについての大いなる成果が得られると思われる。それらのことを考慮しながら、今後は高橋由一が絵画と写真の関係について、具体的なプロセスを踏まえつつ、概念としてどのように捉えていたという価値基準の確認へと研究を展開させ、2点の《西周像》を並置した展示および図版の掲載された冊子を作成する。
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次年度の研究費の使用計画 |
研究全体としてはおおむね順調に進んでいるが、作品の保存の作業が完了していないことから、初年度分の未支出が次年度に使用される予定である。次年度は初年度の調査をもとに2点の《西周像》について調査研究を進めるが、それにきわめて重要な意味をもつのが高橋由一に制作を依頼した亀井玆明(これえき)の存在である。初年度において2点の作品の分析調査に一定の成果が見られたことから、次年度は美術史的調査に重点をおく。そのためには高橋由一によって描かれた別の2点の《深見速雄像》との比較のほか、津和野の亀井家の資料調査なども欠かせないことから、現地調査のための旅費や滞在費、研究会費。さらには初年度に得られた分析データのデジタル映像化によって画像解析を進めていく予定である。
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