世尊寺家六代目・藤原伊行『夜鶴庭訓抄』を根幹に据えて、中世書論研究を推し進めた。これまで行ってきた校訂作業を踏まえ、平成25年度に引き続き、本文の解釈に取り組んだ。その一つの成果として、「新釈『夜鶴庭訓抄』(二)」(『群馬大学教育学部紀要 人文・社会科学編』第64巻 2015)をまとめた。これにより、当初の研究実施計画を遂行し得た。 これまでの『夜鶴庭訓抄』研究は、専ら近世の流布本である『群書類従』に依拠するものであった。今般の研究期間を通じ、近世の流布本によって中古・中世の書芸術観を論ずることの弊を指摘し、中世の初期写本によって検証することの重要性を説いた。伝本を精緻に解釈することで、中世の初期写本と近世の流布本とでは、巨細に及ぶ相違点があることが改めて実証された。殊に大きな相違は、「日本書論は秘伝書である」という固着化した捉え方は、近世において強調されるようになったものであり、中世においては「秘」する形を取ることが、実は結果として後世に伝え遺す最大最良の方法であったと考えられていた点である。 また、最終年度に当たる平成26年度は、日本書道史全体の構築についての検証も行った(「日本書道史における時代区分考」(『書論』第40号 2014))。書論研究を礎とした本稿は、日本史学の時代区分をそのまま「書」にあてはめた、従来通説となっている「日本書道史」と、書風の発達・変遷・盛衰に基づく「書」に即応した「日本書道史」との関連性・関係性について、今後どのように「日本書道史観」を樹立してゆくべきか、問題提起したものである。
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