研究課題/領域番号 |
23520186
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研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
乾 淑子 東海大学, 国際文化学部, 教授 (40183008)
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キーワード | 戦争 / メディア / 錦絵 / 映画 / 絵葉書 / 着物 |
研究概要 |
本研究の課題である戦争柄着物とメディアの関連についての諸問題の中で、日清戦争期のメディアとしては錦絵を中心に考察を進めて来た。そのこと自体は誤りではないが、更に当時の演劇についても視野に入れるべきであることが、研究の推進とともに明らかになって来た。そもそも錦絵自体が実際の戦場というよりも江戸時代からの錦絵の伝統の中での空想的な戦場を再現したものであることは知られている。 ビジュアルな報道がほとんど望めない当時の環境の中で、川上音二郎の劇団や歌舞伎の新作として作られた日清戦争劇が非常な好評を博し、その演劇としての戦場を描いた錦絵が多く、また演劇の再現とは銘打ってはいないが、それとよく似た錦絵も多い所から、演劇の影響を無視することはできない。特に煙幕の表現などは川上劇団の立てる砂埃への言及が多々あることと関係があるのだろうと推測される。煙幕は昭和期に入っても戦争柄には多用される表現である。 また、これまで女性用の戦争柄については、花柳界のものと考えて来たが、資料によっては「令嬢向け」の品揃えの中に含まれる戦争柄も散見され、いわゆる素人の女性にも戦争柄が着用された割合を低くとらえすぎることについて再検討を要すると考えられる。実例においても、従来は全く未見であった素人向けの白地で織り文のみによる襦袢も発見し、またこれまで以上に銘仙の戦争柄も多出することから、素人と戦争柄の関連について熟考の要があろう。 また、歴史的な意匠、例えばよく知られた英雄(楠木正成)などに関する図柄が明治期以降の兵器等と結んだ意匠(錦洲を攻略した古賀少佐)についても、これまで以上にさまざまな事例が発見され、それらに関しても調査を進めている。 さらに米国のセントルイス美術館より、研究協力の依頼を受け、検討中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
明治から昭和初期における戦争柄着物という非常に広大な範囲を研究対象としたために、その全体像を把握することにまず力を注いだ。という意味では当初の予定以上の達成を遂げたと言っても差し支えないと思う。 さらにそれとメディアの関連というのはまた広大な範疇であり、新聞、雑誌、錦絵、絵葉書、映画、ラジオ、幻灯、軍歌などを渉猟することはそもそも完全にはなし得ないと覚悟している。その意味においては不十分な達成度であると言う他にない。 実情としては、それぞれに分野における実物の資料とそれに対応する文書による資料をつきあわせながら分析を繰り返し、訂正するということを行うわけであり、総合的にはまずまずの達成度であると言えよう。 特に、これまでおつきあいがあったわけではない団体からの講演やシンポジウム等への依頼があることはそれなりに研究の成果が知られ、評価されていることの一種の指標でもあり、達成度でもあると考えられる。 新たに2013年度には日本家政学会、ニュージーランドのタスマニア大学からの依頼をすでに得ている。戦争柄着物という特殊な様態の衣服が含意するものが人類において普遍的な意味を持つことの証左が、このような関心をかき立てているのではないだろうか。
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今後の研究の推進方策 |
今年度はまず、これまでの集大成として成果を単著として出版することを第一の目標とする。タイトルは本研究課題と同一の『メディアと戦争柄着物』であり、吉川弘文館より出版の依頼を受けている。一昨年からの研究成果をまとめるに当り、これでの成果で文字化されているものに加えて、2012年度の成果の項で述べたように女性の戦争柄の中での素人と玄人の着用に関する問題を文献的に整理することを優先する。もちろん実作品の意匠分析は不可欠である。 また、絵葉書の図柄を整理分析することが遅れており、これはぜひ取り組まなければならない課題である。これが遅れた理由は、類似してはいても、絵葉書そのままという着物の意匠を見つけることができなかったからである。しかし、今年度は全くそのままであることはあきらめ、類似したデザインの作例を考察することとしたい。 幻灯、映画の雰囲気を漂わせる意匠については期待したほどには作品が集まらなかったが、現時点で所持しているもので、分析し、考察を述べることとする。新聞記事から抽出した意匠は、非常に分かり易くかつ、もとになった新聞記事などを探すことが確実で、本研究において最も説得力のある部分である。これに関する作例は朝日、毎日ともに十分に揃えることができたので、それぞれの比較考察を進めていく。 また直接的にはメディアと関係がないようにも思えるが、着物柄としての吉祥性に関する考察も欠かせない。基本的にすべての着物柄は吉祥であり、そのうちの戦争柄であるということは戦争柄もまた吉祥である。メディアが取り上げたことで吉祥性をいやました効果を分析する。 以上の成果について、社会学、文化人類学などの先学にも意見を求めながら、最終的な考察をまとめたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
2006年度の科研費によって購入し研究室に備えたパソコン(デスクトップ)が不調であるために、これを買い替えることを検討している。また、30万円の日露戦争期の襦袢を購入する予定である。調査旅費を2回ほど支出し、その総額が15万円ほどになるであろう。それ以外には細かな資料(絵葉書、戦争関連の雑貨など)を購入し、文房具、パソコン用のインクなどを使用する。その合計が15万円ほどである。最終年度ではあるが、上記のように単著を出版する予定であるために報告書は印刷しない。よって印刷費は計上しない。
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