研究課題/領域番号 |
23520213
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研究機関 | お茶の水女子大学 |
研究代表者 |
内田 澪子 お茶の水女子大学, 大学院人間文化創成科学研究科, 研究院研究員 (50442497)
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キーワード | 日本中世文学 / 説話 / 霊験譚 / 縁起 |
研究概要 |
昨年度に引き続き伝本の調査を行った。特に宮城県図書伊達文庫本他での調査では、内閣文庫林家旧蔵本や、東京大学史料編纂所徳大寺本など、学者や公家の蔵書と併せ、武家の文庫に蔵される意義を検討する視座を得た。 また、ヘルシンキ大学で行われた日本研究学術フォーラムに参加し、日本文学・文化領域の「中世研究における越境・交差・相関」セッションに於いて報告を行った(報告題目「六波羅探題府周辺の〈文字行為〉―『十訓抄』試論―」)。六波羅探題府設置という事柄によって、文学作品に関わる人的環境にも影響や変化があったのではないかという点について、『十訓抄』から読み取ることの出来る情報を提示しつつ報告を行い、意見や情報の交換を得た。 成立事情や諸本の伝播など『十訓抄』を巨視的に観察すると共に、他に、「『十訓抄』序文再読」(『日本文学』No.709、依頼原稿)、コラム 「「北叟」と「塞翁」」(『もう一つの古典知』アジア遊学155)によって、『十訓抄』本文を微視的に読み込むことも行った。特に『十訓抄』序文は、先行研究ではややもすると作品評価を下げる叙述として理解されてきた。しかし、積極的に言わんとするところを読み取るならば、その文章構成は極めて論理的であり、『十訓抄』という作品の性格を検討するための多くの情報を含むものであると考えられた。コラムでは現代でも頻繁に用いられる「人間万事塞翁が馬」という諺語について検討を加えたが、ここでも『十訓抄』やどう時代的な説話集である『沙石集』が、公家社会で牽引されてきた文字に関わる知識を、更に広範に浸透させる役割をになっていたのではないかという、本研究の作業仮説にも沿う結論を得た。 神戸説話研究会や学会などにおいては、中世説話集の生成に関わる知見を得た。特に本年度は神戸説話研究会において、『十訓抄』に先立ち、より公家社会と近しい『世継物語』について、検討を加えつつある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
伝本の調査は順次順調に行われている。当初写本の調査を中心に行う予定であったが、前年度の調査によって、版本調査の意義も見通せたため、これについても可能な限り調査対象としている。現在まで知られている伝本に、何らかの画期的な関係の変更を求めるような、特殊な伝本の確認にはいたっておらず、現在所在不明である「妙覚寺本」もやはり不明なままである。これらの探索は継続課題である。また昨年度に引き続き、伝本を所蔵する各機関において、調査のみならず写真撮影の許可など様々な配慮を頂けたことに深く感謝する。 本文の校訂作業は、まず文字レベルの校訂は泉基博氏による『校本十訓抄』の成果を、大きく修正する必要はない見通しである。但し、『十訓抄』収載のひとつひとつの説話が、前後、あるいは標題と、どのように連関しているのか、という点については深く検討が必要である。またこれらの作業と極めて密接に関わりつつ、本文の綿密な注釈的読解が必要不可欠となり、周辺作品との比較検討などもあわせ、こと、現在この点に注視しつつ、校訂本文の作成を行いつつある。 また、近代教科書の調査につていも、筑波大学附属図書館に蔵される旧教育大学蔵本等によって、順次進めつつある。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度も、引き続き各伝本の調査を、中部地方を中心に、特に名古屋大学図書館蔵小林文庫本や、西尾市岩瀬文庫などで行う予定である。また本年度の調査の成果から、武家の文庫に伝来した諸本については、特に注意して調査を行いたい。具体的には、熊本細川家や加賀前田家などを念頭に置く。 伝本の調査に加えた、本文の校訂作業も引き続き行い、これを完成させるとともに、不可分な作業として、本文の読解にも力を入れる。作業仮説である、六波羅探題府の設置という歴史的事象との関わりについても、慎重に検討を加えてゆきたい。その為には、周辺作品との比較検討が必要不可分であると考えられ、特に、作品の担い手、としての編者や著者、あるいは、享受者との関わりを検討しやすい作品を採り上げたい。『十訓抄』の依拠作品としてやや時代を遡る説話集である『古事談』や、歌論書であるが『袋草紙』などを検討対象とする予定である。一方、説話とも密接である、寺社に纏わる霊験譚や縁起は、それを生み出し、享受される場が明らかであり、比較検討する対象として有効である。これらにも注意して検討を加えたい。 また神戸説話研究会他においても、広く作品および作品生成の場についての情報を得、近代教科書に関する調査検討も引き続き継続し成果を得たい。
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次年度の研究費の使用計画 |
該当なし
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