研究課題/領域番号 |
23520218
|
研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
西村 聡 金沢大学, 歴史言語文化学系, 教授 (00131269)
|
研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2015-03-31
|
キーワード | 宝生流能楽 / 和泉流狂言 / 地方展開 / 加賀藩 / 大野木克寛 / 無形文化遺産 / 棒縛 / 演出 |
研究概要 |
本年度は,宝生流能楽史の地方展開における始まりの時代に当たる加賀藩中期の能楽の状況に関して,年度初めにその全文が公刊された『大野木克寛日記』を分析した結果を論文にまとめた。また,昨年度の公開講座において実演で比較した和泉流狂言の金沢と名古屋の歴史や演出の違いを考察して2本の論文にまとめた。さらに,北陸を舞台とする能の作品世界を概観する短編の論文及び金沢大学日中無形文化遺産プロジェクトの5年間の活動を総括する報告を行った。これらの取り組みの結果,『大野木克寛日記』の場合は従来知られた番組を量的に補完するだけでなく,自筆日記の信頼性が後年の編纂物の錯誤を訂正するよりどころとなることが明らかになり,番組を含む江戸や京都の情報に寄せる当時の関心,それらからの影響,加賀藩の公式行事における筆者周辺の職務の実態,藩主の慰み能や藩士の稽古会が伝える私的な親炙の程度,その浸透に欠かせない役者の働き,家と芸の継承の在り方などが具体的に詳細に把握された。金沢と名古屋の和泉流の狂言を通史として記述することにおいては,そういう地方展開の視点での記述自体があまり詳細にはなされてこなかった。記述の過程で先行研究が加賀藩5代藩主の時代の番組を含むとしていた金沢市立玉川図書館蔵『御能方』を検証した結果,すべての番組が12代13代藩主の時代の番組であることを明確にした。明治維新前後の新出資料の紹介も行った。狂言の具体的な作品として〈棒縛〉の演出が同じ和泉流でも大きく異なることを実演及びその記録に基づく詳細な分析により明らかにした。これらは,宝生流能楽史の地方展開の前史を今までにない詳細さで明らかにし,通説を補足・訂正することが多く,かつ能楽史記述にその依拠資料を明示し,依拠資料の読み方を検証することの重要性を示す点で,また従来の狂言観に見直しを迫る点で意義がある。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
加賀藩中期の能楽の状況を知る上で貴重な資料となる『大野木克寛日記』の全文が年度初めに翻刻・公刊されたことにより,同日記を利用した宝生流能楽史の地方展開における近代以前の部分に関しては,当初の計画以上に研究が進展した。 また和泉流狂言史の地方展開を金沢と名古屋の比較を視点として体系的に追跡する研究が進展した。 さらに狂言の具体的な作品に即して中世から現代にかけての詞章・演出の変遷と地方展開との関係についての研究が進展した。古態の狂言にはいわゆる下剋上の「抵抗の精神」が鮮明に看取できるであろうとの従来の狂言観に見直しを迫ることができた点も収穫であった。
|
今後の研究の推進方策 |
宝生流15世家元宝生友于(紫雪)及び16世家元宝生九郎知栄の年譜考証のための基礎資料の収集と整理を引き続き行う。15世に関しては江戸時代の番組や金沢の資料の収集と整理,16世に関しては新聞・雑誌等からの番組・記事の収集と整理を行い,根拠資料を明示した年表作成を推進する。 また宝生流寛政版謡本の翻刻作業を進め,宝生流における出版史とその地方展開に関する研究を推進する。謡本は分量が膨大なため翻刻には数年を要すると予想されるが,各曲解題の執筆と共に早くに完成に到達して,その後の考察の基礎としたい。 併せて明治維新期の15世,16世周辺の能楽師たちの事績を知る基本資料として金沢市立玉川図書館蔵『両御神事古今御番組』の翻刻作業も江戸時代の分が大方ではあるが,資料としての全体像を把握するために継続的に推進してゆく。
|
次年度の研究費の使用計画 |
宝生流寛政版謡本及び『両御神事古今御番組』の翻刻作業のために研究補助者の謝金を使用する。 また関連する文献の購入等に物品費を使用する。 さらに関連資料の閲覧・複写のために所蔵機関へ調査に行く時の旅費を使用する。
|