平成23年度~平成25年度の3年間の研究期間において、研究課題とした近代宝生流能楽史の地方展開に関して、第一には基礎資料・周辺資料の収集が予想以上に進展したことが挙げられる。金沢・安江神社で明治・大正期に行われた能舞台保存会の番組を入手したことで、まさに近代宝生流能楽史の地方展開が従来より具体的に把握できるようになったし、尾山神社昇格記念出版物、雑誌『風俗画報』等も同様の価値が認められる。また、掛け軸「鳴和の滝」も、能「安宅」の詞章の一部が名所化した上で絵画化されたものであり、能楽文化史の地方展開を知る上で貴重な資料が入手できたことになる。 第二には、近代以前(近世)の宝生流能楽史の地方展開を知るための基本資料、『大野木克寛日記』による加賀藩中期の能楽の実態を詳細に解明できたこと、金沢市立玉川図書館蔵『御能方』を再検討した結果、通説を大きく修正して、すべての番組が加賀藩12代・13代藩主の時代の番組であることを明確にすることができたことが挙げられる。 そして第三には、宝生流能楽と密接な関係にある和泉流狂言の変遷及び演出の相違を名古屋と金沢を比較して明らかにしたことや、それらの分析を通じて従来の狂言観に見直しを迫る「棒縛」論を書き上げたことが挙げられる。 結果的に最終年度となった平成25年度は、近代宝生流能楽史の地方展開を泉鏡花の作品の中に看取すると共に、能楽史研究の側面から泉鏡花作品の研究を更新することに具体的な研究成果が得られた。とくに金沢を舞台とした泉鏡花作品の内、「照葉狂言」の舞台設定や結末の解釈に新見を呈示することができた。その際、前年度に入手した『卯辰山開拓録』の挿絵や記述から有益な示唆や根拠を得た。同書には名所化した「業平の井筒」が描かれ、近世の関西における「井筒」の流転ともつながり、能楽文化史の地方展開をより広くとらえる必要性と可能性が明らかになった。
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