研究課題/領域番号 |
23520234
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研究機関 | 京都府立大学 |
研究代表者 |
母利 司朗 京都府立大学, 文学部, 教授 (10174369)
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キーワード | 江戸版 / 版下 / 筆工 / 御家流 |
研究概要 |
本年度は、昨年度研究を進めた近世前期に江戸で出版された主に草子類の版本に引き続き注目し、さらにその書体の「独自」性の検証を以下のようにおこなった。 1 山本九左衛門の本文様式が、上方の浄瑠璃本の本文様式を踏襲したものであることは、昨年度の研究である程度確かめられていたが、その具体的な比較対照をおこなった。 2 近世前期、筆耕に携わっていた階層は、主に書を身につけていた武家の牢人であると推定され、その具体的な例として、延宝年間、江戸の版元から数点の往来物手本を執筆・出版していた隠岐置散子をとりあげた。彼は、幕府祐筆久保家とつながりを持っていた可能性があり、某藩の右筆崩れの可能性が高い。その筆蹟、ことに肉筆手本は、御家流を名乗りながらも、江戸版に共通する、するどい書風を見せる。 3 江戸の版元は、挿絵を担当する絵師を師宣一門に絞ったのとは異なって、本文の版下を担当する筆耕に関しては、最もオーソドックスな御家流を身につけた在野の牢人に依頼していた可能性が高い。ただしその場合でも、上方版との本としての有形の差異を出す必要上、ややするどさをもった書風でもって版下を書くように依頼したのではないか。 以上のような、調査・考察を踏まえながら、その成果を「近世前期江戸版の本文版下」(『京都府立大学学術報告・人文』64号 2012年12月刊)にまとめ、発表した。これによって、従来、印象のレベルで「独自」「独特」などと評されていた江戸版の書風の実態を明らかにすることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の研究計画においては、筆工を生み出す母体と考えられる武家社会の右筆に注目し、その具体的人物として、『船由来記』などの往来物を染筆・出版した加賀前田藩の右筆池田昌松をターゲットに、その書簡資料の解読によって、筆工の実態に迫る予定であった。 しかし、本年度は、初年度の研究である程度明らかになった江戸版書風の「独自」性の検証により注力し、論文化することの方が先決であると判断し、もっぱら論文化に研究時間の多くを費やした。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究計画で積み残した武家社会の右筆の大量の書簡資料を解読する。それによって、かれらの日常的な業務が、いかに在野の武家牢人たちの筆耕作業に関連するものであるのか、その可能性に踏み込んでみたい。 従来右筆といえば、政治的興味で語られることが多いが、たとえば国会図書館蔵の長門本系統『平家物語』写本のように、福岡藩の多くの右筆が関わって書写された文芸作品などもあり、その文化面への貢献が想定される。 かれらのある者が、致仕した後、版本版下を担う民間の筆工ないし書本屋の下請けとして活躍する素地を確かめながら、架蔵の右筆書簡集二種の翻刻紹介を進めてゆきたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
書簡集は難読の資料群であり、母利個人の独力では解読にかぎりがある。そこで、同様の関心をもつ研究者との共同研究を行いながら、精力的に解読を進めてゆきたい。 そのために、会議費、および研究協力者への旅費支出を一定額予定している。 また、ひきつづき関連文献資料の調査・収集につとめ、個人蔵の資料調査のための出張旅費にも一定額をあてたい。
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