前年度で終了する予定であったが、諸事情が出来し、今年度まで延長した。その余祿を受け、新出の覚一本伝本の調査を行うことができた。 『平家物語』には多くの異本があり、その本文は大小様々に揺れているが、例外的に覚一本(語り本系のうちの一方系の一種)は語りの定本として固定的に捉えられ、覚一本の権威性が定説として説かれてきた。しかし、伝本という内部資料、また、覚一本を用いた能作品という外部資料を詳細に分析することから、覚一本の本文も、規模は小さいもののやはり流動していること、類似してはいるが同一ではない覚一本が多く生まれていることを明らかにしてきた。これが、新出伝本の調査により、更に明確に実証できた。 新出伝本からうかがえる本文流動には、二つの大きな方法がうかがえる。一つは、覚一本にはない章段を増補していくこと、もう一つは細かな文節、あるいは単語レヴェルでの改編を行っていくことである。これらには、伝本毎それぞれに手元にある、覚一本ではない他の一方系の本文(京師本が一番近い)が用いられることもわかってきた。よりよい本文を作る、あるいは既知の本文に近づけるために手を加えていると思われる。つまり、覚一本本文には不満があった、もしくは手を入れることも可能であったと理解できる。覚一本の権威性が説かれて久しいが、少なくとも、本文の権威性については再考すべきである。 覚一本は一方系の最古にして最高の本文ではない。覚一本を遡行し、その成立を考えるには、今まで覚一本から直線的に下って成立していったとされてきた他の一方系の諸本を検討しなくてはならない。 次なる課題は、覚一本以外の他の一方系の諸本、また、他の語り本系本文(百廿句本など)も含めて、どのように覚一本及び語り本系(一方系)の成立を探るのか、その方法論を模索し試行することである。
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