研究課題/領域番号 |
23520258
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研究機関 | 京都産業大学 |
研究代表者 |
小林 一彦 京都産業大学, 文化学部, 教授 (30269568)
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キーワード | 私家集の書誌 / 私家集の伝本 / 私家集の注釈 / 私家集と他の撰集 / 私家集と歌壇史 / 私家集の表現 / 明日香井和歌集 / 鴨長明集 |
研究概要 |
私家集の伝本調査では、諸処に蔵されている私家集の系統分類と書写・伝播の実体解明について調査を進めることができた。また人間文化研究機構国文学研究資料館への出張調査では、「清少納言」「出羽弁」「二条院讃岐」「伊勢大輔」などの王朝女流歌人のテキストについて、マイクロフィルムや紙焼き写真等による諸本間の相違について検討し、関連論文などを収集・分析した。それらの調査・研究の成果は、冷泉家時雨亭文庫蔵の貴重な古典籍を中心として王朝女流歌人の和歌の特徴や、その私家集の諸本などについてまとめた小論を「志くれてい」誌上に公開するにあたって活用した。 前年度からの成果としては、飛鳥井雅経の私家集「明日香井和歌集」について、日本大学総合学術情報センター蔵本(現存最善本とされる)と時雨亭文庫蔵本(現存最古写本・重要文化財)との二本を書誌学的な見地から比較し、その成果を単行本において分担執筆のかたちで公開・上梓した。また鴨長明とその作品に関する研究では、中世文学会春季全国大会(於中央大学)において、「鴨長明の和歌を読む」と題し、長明の私家集「鴨長明集」の成立時期について新見を提示すると共に、従来ひとくくりに「寿永百首家集」として処理されてきた私家集群についても、再検討すべきであるとの見通しを示した。さらに晩年の「方丈記」につながる、彼の青春期の和歌表現や彼自身の物の見方・視線についても仮説を提示した。 2012年が「方丈記」が書かれて800年目の記念の年にあたるところから、「鴨長明集」より看取される彼のひととなりなど、これまでの研究を活かしつつ、市民講座やテレビ・ラジオ・新聞などの媒体を介して積極的に国民一般社会に公開し還元する活動もあわせ行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該研究は書誌学に立脚した日本文学の研究である。前提となる原本の調査、さらにテキストデータの集積と分析が基底を成し、研究の遂行には欠かせない。その点、初年度に東日本大震災の影響ために立ちおくれがちだった東北地区の諸本調査も、青森県弘前市にある東奥義塾高等学校図書館現蔵の津軽藩旧蔵「三十六人集」(きわめて書き入れの多い興味深い写本であった)の調査などを行うことができ、原本調査もおおむね順調に進みつつある。 本年度は、鴨長明の私家集「鴨長明集」について、計画通りに、その内容などを読み込んだ研究の成果を、専門学会の春季全国大会において口頭発表することができた。また、2012年度が「方丈記」が成立してちょうど800年目の記念の年にあたっていたことから、いささか想定外のことながら、最終年度を待たずして、私家集の書誌学的な調査・研究に基づく諸成果を積極的に一般社会に公開し還元する活動を行うこともできた。特に、「鴨長明集」については、講演会や市民講座、またテレビ・ラジオ・雑誌・新聞などの媒体を介して、ひろく国民一般市民に公開・還元し得たことは、当初の予想を超えるものであった。 しかしながら、その反面、市民向けの社会的な活動が立て込むあまり、当該年度に行う計画であった西日本地区への原本調査が手薄となったことは事実であり、顧みられるべきであろうと思う。次年度への課題として持ち越されることとなった点は付記しておきたい。
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今後の研究の推進方策 |
2013年は、いよいよ完成年度にあたる。そのことに鑑み、前半期と後半期とに大きく分けて、効率的な研究活動を円滑に遂行できるように計画を進めている。 各私家集(個人の歌集)の書誌データを、調査により、なるべく多く収集・分析し、その全体像を明らかにするようつとめる活動は、当該研究の根幹を成すものであり、これまでと同様に進めていくつもりである。今年度は、主に西日本を中心に調査を早い段階から進めていく計画である。あわせて1つ1つの私家集の個性について、むしろ書誌学的な状況を鍵に、それを糸口として内容や和歌表現にまで明らかにできればと企図している。原本調査を重視して行うことは研究テーマの主旨に照らしても勿論ながら、調査等についてはほぼ前半期までに終了させ、2013年度の後半期はそれらの書誌的データの解析を行う。ひとつひとつの私家集を単体で捉えるのではなく、なるべく家集群のまとまりとして把握するようにつとめたい。 書籍(古典籍)は乗り物であり、単なる一隻一隻の舟ではなく、いわば船団とでも形容すべき存在である。そうした私家集群の歌壇史、文学史上における位置を再考察し、捉えなおす。そこから、あらたな私家集系統分類・伝本分類の、再構築をめざしたいと考えている。
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次年度の研究費の使用計画 |
東日本大震災の影響により、初年度は東日本に所在する図書館・文庫等、所蔵機関の被災・閲覧停止などにより調査が思うようにできなかったが、本年度は東北地区を精力的に調査することができた。ただ、方丈記800年にあたり、鴨長明の私家集の研究府は飛躍的に進んだが、研究成果を広く国民に還元する活動に力点を注いだため、一方で京都を離れられない状況もうまれ、繰越金(226,947円)が生じた。研究計画の遂行のために、次年度はさらに西日本地区にも目配りを怠ることなく、原本テキストの調査と書誌データの収集を行いたい。あわせて人間文化研究機構大学共同利用機関法人国文学研究資料館が収集・所蔵するマイクロフィルム・マイクロフィッシュ・紙焼き写真なども参照しながら、中世の時代に通行・流布した私家集(各歌道宗匠家の証本ないしは所蔵本)の正体・実体に肉薄できるように、研究の一段の深化をはかる予定である。その調査のための旅費に、応分の研究費を充当する計画である。また、データの集積・解析のために、繰越金を画像処理に有効なパソコンソフトの購入にあて、有効に活用するつもりである。
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