私家集の伝本調査では、ひきつづき諸処の文庫・図書館の原本調査を行うとともに、国文学研究資料館の紙焼写真やwebによるデジタル画像なども参考に、テキストを比較、検討した。特に今年度は『賀茂保憲女集』『源重之女集』『道綱母集』について、冷泉家時雨亭文庫収蔵の重要文化財の伝本(冷泉家時雨亭叢書の影印による)を中心に、参看すべき諸本の書誌学的な考察を進め、その成果を『志くれてい』に発表した。 まず『賀茂保憲女集』については、時雨亭文庫蔵定家監督書写本の表紙の定家書入をもとに、それとの類似性を根拠に、宮内庁書陵部蔵『少輔入道定長百首』の跋文ないし識語とされてきたこれまでの定説を、その丁全体が実は綴葉装の前表紙(俊成筆外題「少輔入道定長/百首/とのゝむすひたいとそ」)であったことを新たに突き止めた。定家が感性豊かな少年時代を過ごしたこと、また『賀茂保憲女集』が豊かな叙情性に満ち、その記述が不遇な定家の若年期とだぶり、彼の感受性を刺激した可能性などを合わせて指摘、後年、そのことを振り返っての記載が、前表紙の「一首無可取哥」の厳しい文言になったと親説を提示した。次いで『重之女集』では、冷泉家時雨亭文庫蔵本の補修の具合などに着目、彼女の家集が和泉式部が参看した時代からすでに現状にきわめて近いものであったことを、書誌学的な見地から推論した。最後に『右大将道綱母集』についても、時雨亭文庫蔵定家監督書写本『傅大納言母上集』に触れつつ、先行研究を引いて後代への影響などを記述した。このほか、鴨長明の『方丈記』について、彼の若年期の家集『鴨長明集』の和歌を参考にしながら、彼の人生と作品の背景についてわかりやすく単行本へとまとめた。 いずれも、書誌学上の視点を基底として、私家集研究に新たな発見と問題点を提起できたと考えている。
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