研究課題/領域番号 |
23520262
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
増田 周子 関西大学, 文学部, 教授 (30294664)
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キーワード | 戦争 / アジア諸国会議 / インド / 不可触賤民 / 世界平和 / アジアの団結 / 芥川龍之介 / 原水爆禁止運動 |
研究概要 |
本年度は、火野葦平の戦争文学の一部と、戦後の平和活動、ならびに、火野文学の芥川龍之介受容という観点で研究を推進した。 具体的には、火野葦平の戦争文学『広東進軍抄』と『広東作戦従軍手帳』の比較研究をし、2013年の日本近代文学会秋季大会で、発表をおこなった。また、昨年発表した「火野葦平『女賊の怨霊』論ー芥川龍之介との関連からー」の論考をまとめた。さらに、1955年4月5日から10日に、インドのデリーで開催された「アジア諸国会議」について研究をすすめた。火野は、この会議に、日本代表団30数名のうちの1人として、文化問題代表者として参加し、準備委員会発足時から、意義深い提案をした。会議終了後は、火野はインドの芸術や文化遺跡を視察したり、不可触賤民身分とされる人々と対話することによって、身分差別の認識を深め、その不条理を実感し、多くの紀行文や小説を発表した。 研究代表者は、「アジア諸国会議」についての本格的な研究は現在まだないが、火野葦平がその会議の詳細を『アジアの旅』という日記に克明に記録しているため、深く研究できると考えた。そこで、火野の残した記録資料を翻刻、吟味することによって、1955年の火野や「アジア諸国会議」参加者の活動をまとめ、研究をおこなった。さらに、会議後の火野のインド見聞記についても考察した。その研究成果は、『1955年「アジア諸国会議」とその周辺ー火野葦平インド紀行ー』(関西大学出版部)として公開することになった。 「アジア諸国会議」は、アジア諸国の団結によって行われた民間の会議であった。会議の結果、世界平和の実現のための連帯意識がアジア諸国に芽生え、その精神は、同年に開催されたバンドン会議にも引き継がれることになったと確認できた。火野の戦後の平和活動の一端が研究できたといえる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、1955年4月5日から10日に、インドのデリーで開催された「アジア諸国会議」のことを克明に記録した未発表の火野の自筆資料『アジアの旅日記 一』を利用し、「アジア諸国会議」の内実を研究することができた。また、火野の『広東作戦従軍手帳』と、作品『広東進軍抄』を比較検討した。さらに、作品「女賊の怨霊」をとりあげ、火野葦平文学における芥川龍之介の影響の一端を明らかにすることができた。これら研究代表者の研究成果を、学会や、学術雑誌、単行本などで公開することで、一定の目的を達成したといえる。
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今後の研究の推進方策 |
火野の青春時代の研究をおこなうことを最大の目的とする。現在、火野葦平の小倉中学時代のこと、および、早稲田大学時代の研究をしている。それをより詳しく研究するため、具体的には、大正9年から12年の火野の未発表の自筆資料『青春日記』の翻刻、研究をおこなうつもりである。さらに、本年度の、「1955年「アジア諸国会議」とその周辺ー火野葦平インド紀行ー」の続きである、火野の1955年の中国紀行、広東、北京、武漢などを研究する。
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次年度の研究費の使用計画 |
昨年3月10日頃に予定していた研究成果の出版が、作業の都合で遅れたため、出版の校正などのために予算を組んでいたアルバイト代を支出することができなかった。そのため、次年度使用額が生じることになった。 アルバイト、書籍代として使用する。
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