研究課題/領域番号 |
23520288
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
辻 照彦 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 准教授 (30197678)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | シェイクスピア / ハムレット / テキスト問題 / First Quarto / Second Quarto / First Folio / 著者改訂説 |
研究概要 |
平成23年度は、『ハムレット』のSecond Quarto(Q2)とFirst Folio(F1)という2種類のテキスト間のパッセージレベルの異同のうち、5幕2場のオズリック・エピソード中のパッセージとロード・スピーチについて分析を進めた。このうち、従来多くの研究者から無駄なセリフの代表としてカットが妥当と見なされてきたロード・スピーチについて、フェンシング・マッチの情報という視点から分析を試み、そのパッセージが、登場人物と観客に、フェンシング・マッチが行われる時間と場所を最終的に確認させる重要な機能を果たしていることを明らかにした。 さらに、First Quarto(Q1)とドイツ語版BBをフェンシング・マッチの情報の視点から分析し、両テキストともに、Q2の場面展開を踏襲していることを明らかにした。また、F1は、ロード・スピーチをカットした結果として、いかに唐突な場面展開を残すことになったかを指摘し、Q2の展開が作者の意図するところであり、F1のカットをシェイクスピア自身が行ったと考えることは困難であることを論じた。カットの時期については、たとえ、従来考えられてきたように、初演前にカットされたとしても、初演時には、カットにより欠落した情報を再移植するようなアレンジがなされていた可能性が高いことをQ1のテキストを分析することにより明らかにした。 F1でカットされたパッセージの重要な情報が、Q1の別の箇所に再移植されている例を4幕4場に続けて発見できたことは、『ハムレット』のテキストにおけるパッセージレベルの異同発生のメカニズムを解明する上で意義ある前進であったと考えられる。なお、この研究成果については、「『ハムレット』5幕2場のQ2-only Passageに関する一考察」という表題で、平成24年9月発行予定の『新潟大学経済論集』に発表する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成23年度については、研究実施計画がほぼ達成され、3年間の全体的研究目的の達成に向けて順調に研究作業が進んでいるといえる。平成23年度の研究により、詳細なコンテキスト分析や各種テキストの比較分析という研究アプローチの有効性が裏付けられたことは、今後、3幕4場のQ2-only passageや5幕2場のF1-only passageの分析を継続して行く上で、大きな意味を持つと考えられる。 平成23年度の研究計画は3本の柱から構成されていた。まず、パッセージレベルのカットが施された結果として、観客が受け取る情報面でどのような影響が生じるかを分析する計画であった。研究代表者は、5幕2場のQ2-only passageであるロード・スピーチについて、フェンシング・マッチに関する情報の流れという視点を設定し、オズリック・エピソードからオーメン・シーンまでの場面展開を詳しく分析することで、F1には、カットの影響として、唐突な場面展開が残されてしまっていることを明らかにすることができた。 2番目に、上演台本に基づくテキストと言われ、F1同様ロードを省略していることが知られているQ1で、問題の場面がどのように扱われているかを分析する予定であった。研究代表者は、Q1のオズリック・エピソードからオーメン・シーンまでの流れを分析することによって、Q1ではF1に見られる唐突な場面展開を解消する工夫が施されていることを明らかにした。 最後に、F1のカットの行為者、時期等について考察する計画であったが、カットの行為者としてはシェイクスピア自身と考えることには困難があること、さらに、カットの時期については、従来のように初演前と仮定する場合、カットは最終的なものではなく暫定的なものと考えなければならないことを論ずることができた。
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今後の研究の推進方策 |
平成24年度には、平成23年度に得られた結果を基にして、3幕4場のQ2-only pasageを中心に分析を進める。このパッセージは、有名なクロゼットシーンにあるもので、しばしば著者改訂説論者によって、第5幕のパッセージと同時にカットされたと主張されるきわめて重要な箇所である。研究方法は、平成23年度と同様、テキストの比較分析と情報伝達面での影響分析を中心とする。同時カット説の主張者として、特にケンブリッジ版『ハムレット』の編者Philip Edwardsの議論を参考にするが、他の代表的な議論も整理しながら、その妥当性を検証する予定である。 なお、平成23年度収支状況報告書記載の「次年度使用額」213,875円の内、110,240円はすでに平成24年3月に旅費として使用済みであるが、支払いの完了が平成24年4月にずれ込んだものである。よって、純粋に平成24年度に繰り越すことになったのは約10万円である。これは、シェイクスピア並びにエリザベス朝演劇全般の出版事情に関する新刊研究書を数冊購入する予定だったものが、発行が数か月延期されたためである。平成24年度内に発行され次第、速やかに購入する予定である。 平成25年度には、5幕2場のF1-only passageを中心に分析する。このパッセージは、著者改訂説の重要な根拠の一つとされてきたもので、きわめて重要なパッセージである。問題のパッセージについて、3種類のテキストを詳細に比較分析することにより、Q2からの削除説とF1への追加説のどちらにより妥当性があるかを検証する。さらに、上述の分析結果と平成23年度からの研究成果を踏まえた上で、『ハムレット』のテキストにおけるパッセージレベルの異同について得られた結果を取りまとめ、成果の発表を行う予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
研究費のうち30万円は資料の購入に使用する。中心となるのは、シェイクスピアのテキスト問題を扱った研究書、戯曲『サー・トマス・モア』のマニュスクリプトに関する研究書、さらに、エリザベス朝時代の戯曲の印刷に関する研究書である。また、シェイクスピア・サーベイをはじめとする、最新のシェイクスピア研究の動向を把握するための資料や、国内外の研究機関から、『ハムレット』の古いエディションの複写資料も入手する予定である。 研究費のうち20万円は旅費に使用する。学会出張としては、春に専修大学において開催される日本英文学会、秋に秋田大学において開催される日本シェイクスピア学会、さらに、年数回慶應義塾大学日吉キャンパスで開催されるエリザベス朝研究会に出席する予定である。また、エリザベス朝演劇の古版本に関する資料を収集するために、筑波大学等に出張する予定である。 平成23年度から繰り越した約10万円の研究費は、平成23年度内に、新刊研究書を購入するために使用する予定であったが、発行が遅れたために購入できなかったものである。具体的には、シェイクスピアのテキスト問題に関する新刊研究書とエリザベス朝演劇全般の出版事情に関する新刊研究書である。平成24年度に出版され次第、速やかに購入する予定である。
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