最終年度(25年度)では、8月にドイツのベルリン、ドレスデン、イエナ、カッセル等、ベケット所縁の土地を訪ね、現地調査を行うと共に資料収集を行った。「研究の目的」であるベケットの初期小説とコンテクストの関わりを知る上でこうした現地調査は大変有意義であったが、特にベケットが当時交際し、創作のインスピレーションとなったPeggy Sinclairの当時の住居について確認できたこと、ベケット自身がドイツ滞在時に鑑賞し、ナチス・ドイツによって「頽廃芸術」との烙印を押された表現主義の絵画を包括的に取材・確認できたことは大きな収穫であった。 資料収集としては、ベルリン郊外のブリュッケ美術館ではナチスによる頽廃芸術展の記録の複製を得ることができ、イエナ大学では関連する論文資料を豊富に複写することができたので今後の研究に大いに役立つものと考えている。 こうした成果をもとに、10月に開催された中四国英文学会(山口大学)において、「ジョイスを読むベケット―二人の少女の死とその語りについて」というタイトルで研究発表を行った。また、6月に行った日本ジェイムズ・ジョイス協会(京都大学)でのシンポジウムにおいても、ドイツでの現地調査・資料収集が大変役に立った。 3年間の研究を通して、1930年代から第二次世界大戦にかけてのジョイスとベケットの作品とその歴史的・文化的コンテクストの関わりををかなり包括的にとらえることができた。特に両者の語りを比較分析することを通して、その共通性と異質性を明らかにし、人物描写や場面設定等において応答的関係が存在することを突きとめることができたことは大きな意義があり、物語論の再構築に向けた基礎的な作業になると考えている。論文は2011年に1本、2012年に2本発表(うち1本は国際誌)し、研究発表は4回行い、うち1回は国際的な大会、2回は全国的な大会、1回は地方大会であった。
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