アンドリュー・マーヴェルと同時代の詩人であるヘンリー・ヴォーンとの間テクスト性に関しては、ナイジェル・スミスやポール・ハモンド等の研究者たちによって指摘されていたが、思想的な接点は未考察のままであった。本年度の研究成果として特筆に値するのは、ヴォーンの錬金術的表現を分析する過程で、マーヴェルの人間関係を調査する際、当初の仮説では想定していなかった人物が、浮上してきたことである。第二代バッキンガム公爵である。 マーヴェルとヴォーンとが個人的な人間関係を持っていたということはまだその証拠を得ていないが、少なくとも彼らの思想的なつながりの一つが、ヘルメス哲学であることは証明可能となった。マーヴェルがフェアファックス卿の所領に滞在していた際に書かれたテクストにヘルメス哲学の影響を色濃く受けた表現が見いだされるからである。特に終末論的な表現が錬金術的な表現と重ねられている部分があり、その箇所が示唆するのは、17世紀後半に産業としての「ガラス化」を試みた第二代バッキンガム公爵の存在である。彼のチャールズ2世との関係を考えると、17世紀中葉においてマーヴェルとフェアファックス卿との人間関係が、一方にバッキンガム公爵、そして後の国王という王党派、他方にクロムウェルやジョン・ミルトンのような議会派との間で微妙なバランスを保っていたことが知見として得られた。この研究成果は、17世紀英文学会の論文集に発表された。 また、マーヴェルの人間関係を探るうえで行ったヴォーン研究の副産物としてロマン派の詩人であるコウルリッジとワーズワスを結びつける思想的基盤としてヘルメス・トリスメギストスやヤコブ・ベーメのテクストが機能していることも発見した。この研究成果はイギリス・ロマン派学会の全国大会で口頭発表するとともに学術雑誌に掲載された。
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