研究課題/領域番号 |
23520326
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研究機関 | 津田塾大学 |
研究代表者 |
早川 敦子 津田塾大学, 学芸学部, 教授 (60225604)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 翻訳理論 / 世界文学 / ポストコロニアル理論 / ホロコースト / 自伝文学 / 言語帝国主義 / 越境性 / 他言語・他者性 |
研究概要 |
今年度はとくに研究の枠組みとして(1)翻訳理論の最前線のどこに焦点を当てるか、(2)「世界文学」の視点から英語文学を捉え、とくにその中の「自伝文学」のテクストの分析を行うこと、の二つのアプローチで研究を進めた。 (1)に関しては、研究協力者である英国Manchester大学教授、Prof. Mona Baker(専門は翻訳理論、異文化理解)を招聘し、専門知識の供与を受けるとともに、彼女の理論の中核にある"framing"の概念についての意見交換や講演会を企画し、日本国内の研究者とのフィードバックを行った。その成果は印刷物にして公開している。 (2)については、従来から研究の射程においてきたホロコースト文学の領域から、ポーランド出身の作家Eva Hoffmanの二つの自伝をめぐるテクストの考察を行い、「他者を語る試み――エヴァ・ホフマンにみる翻訳の可能性と不可能性」(『終わりへの遡行』英宝社、2012年3月10日刊行、所収)にまとめた。また、一方でオランダ生まれで南アフリカで少女期を過ごし、現在英国に帰化してOxford大学の世界文学の教授として活躍するElleke Boehmerより自伝的要素をもとにした作品の提供を受け、そのテクストの分析を「自己と世界の境界:Elleke Boehmerの場合」(『津田塾大学紀要』2012年3月刊)にまとめた。 この二つのアプローチによる研究から、他言語の経験と自伝的要素が言説化される過程に、翻訳理論とリンクする「他者性」の表象、歴史との関連性などの問題が関与してくることが知見として得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記のように、二つのアプローチによる研究をリンクさせることにおいて、次段階への進展が一応の目的のところまで達成できている。課題としては、文学テクストの分析の射程をさらに広げること、そしてホロコーストやポストコロニアルという視点から透視されてくる「トラウマの文学」と翻訳理論をどうリンクさせるかということがある。 翻訳理論の中で「トラウマの文学」をテーマに据えたものについては、もう少し資料があることが望ましいと考えている。具体的には、上記Boehmerのテクストの背景にも透視されている南アフリカのアパルトヘイトの問題、植民地主義への現地の抵抗などが文学として表現されているものにも言及する必要があるだろう。日本での資料収集には限界があるので、この点については2012年夏の海外での学会発表時に研究協力者らの情報もふくめて進めたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
2012年度の目標地点として、近年Oxford大学の研究者らも注目して理論化をすすめている伝記・自伝文学の検証と理論をとりこむ。Laura MarcusやHermione Leeらの、ポストモダン以降の理論を追う。 いっぽうで、文学テクストの分析に、自身もすぐれた伝記作家として知られ、英文学者としても著名なLyndall Gordonの南アフリカでの少女期の回想に基づいた作品"The Shared Life"を、被抑圧者の「小さな物語」として読み解く研究をまとめる。とくに著者自身が「伝記についてのエッセー」を多く発表しており、Virginia WoolfやT.S.Eliotらの伝記を通して時代性の問題を論じているところに注目し、文化批評としての伝記、「他者」を語る言説として「翻訳」とのリンクを導きだしたいと考えている。 さらにあらたな着眼点としては、ポーランド作家による「福島」と「アウシュヴィッツ」を繋ぐ試みとしての能のテクスト(英語、ポーランド語で執筆され、日本語に翻訳されている)に注目し、被災後の日本の文化の中でどのような「トラウマの言説が生み出されているのか、それが他言語他文化の領域に発信されているのかということも研究の射程に入れたいと考えている。 この中間段階を経て、最終年度には、(1)と(2)のふたつの方向から現代英語文学の一つの特徴ともいえる「翻訳を内在化させた他者の言説」についての論考にまとめたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
物品については、ほとんど資料、文献に予算を支出する予定。 2012年8月にロンドン大学インペリアル・カレッジで開催される33rd IBBY World Congressにて、「トラウマの文学と翻訳」をテーマにした発表を行う予定であり、その旅費を予算計上している。 2011年度と同様に成果についてはなんらかの方法で公開したいと考えており、研究費の支出状況によって事情が叶えば印刷費として充当する予定。
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