研究課題/領域番号 |
23520331
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研究機関 | 法政大学 |
研究代表者 |
結城 英雄 法政大学, 文学部, 教授 (70210581)
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キーワード | ジェイムズ・ジョイス / アイルランド / ルネサンス / ムア / シング |
研究概要 |
アイルランド文学ルネサンスという国家的な運動において、ジェイムズ・ジョイスがその流れとどう関わったのかを明らかにするのが本研究課題の目的である。そのため、23年度においてはジョージ・ムアとジョイスとの関係を明らかにした。そして24年度はW. B. イェイツとジョイスの関係を明らかにするため、ジョイスと年齢的に近いジョン・ミリントン・シングをまず取りあげ、シングの文学的な航跡からイェイツとジョイスの関連を析出し、ジョイスとイェイツの交流の糸口を探った。 実のところ、ジョイスはシングとそれほど親密ではないが、ジョイスは自らの文学がW. B. イェイツよりも、むしろシングに近しいことを知っていた。シングの『海に騎り行く者たち』、『谷間の影』、『西国の伊達男』などは、ジョイスの文学と大いに関係がある。これらの作品はジョイスの文学で繰り返し引用されながらも、相互の関係について掘り下げて論じられることは少ない。同じことはイェイツについてもあてはまり、イェイツの作品もジョイスの作品に繰り返し引用されながら、両者の関係は敵対と評価されてきたにすぎない。本研究はこうした表面的な評価を再考することにあった。 そこで24年度はシングとアラン諸島との関連を詳しく検討し、イェイツとアイルランド西部との関わり、とりわけイニスフリー湖島とアラン諸島との類似へと論を広げ、シングとイェイツの孤立を探った。その一方で、シングとイェイツがアイルランドの西へと撤退したのと対照的に、ジョイスはヨーロッパの文学に触発され、ダブリンを作品の舞台とした。ジョイスはシングやイェイツの田園に対して都市をテーマとしているが、ジョイスは都市の中に彼らと同様の孤立を探っていたのである。こうしてジョイスがシングやイェイツと根本において変わるものではなかったとの結論を導いた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
アイルランド文学ルネサンスという国家的な運動をめぐり、ジェイムズ・ジョイスの文学的姿勢を明らかにするのが本研究の目的である。そのため、アイルランド文学ルネサンスの運動に関わりのあった主要な作家だけでなく、知名度は低いがそれなりの重要な文学者も射程に入れて、ジョイスとの関わりを考察してきた。研究はおおむね順調に進展している。 23年度には、アイルランド文学ルネサンスの運動の歩みを論じるため、アイルランドの歴史を簡単に纏め、その運動が誕生する背景を論じた。またそれに続いて「ジョージ・ムアとジェイムズ・ジョイスの関係」と題し、ジョージ・ムアとジョイスとの間の表層的な敵対にもかかわらず、両者の文学の間には密接なつながりがあることを考察した。これによって、ジョイスの『ダブリンの市民』におけるリアリズム的な手法、『若い芸術家の肖像』における芸術家小説の手法、『ユリシーズ』における「内的独白」についての手法とも大きな関わりのあることを明らかにした。24年度はW. B. イェイツとジェイムズ・ジョイスの関連を探るため、ジョイスとは無縁と思われる劇作家シングとの交点を探り、イェイツへの糸口をたどった。ジョイスがヨーロッパ大陸に文学的指針を仰いでいたのに対し、シングはアイルランドの西の地域を拠点にしていたのだ。それぞれ都市と田園という対照的な方向を目指すことになったが、にもかかわらずシングを論じることで、W. B. イェイツとジョイスの関連についても明らかにした。 そして25年度は「ジョン・エグリントンとジェイムズ・ジョイスの関係」と題し、ジョイスとエグリントンとの関わりを明らかにするつもりである。その過程では再度イェイツとジョイスの関連をとりあげ、さらにレイディ・グレゴリーとジョイスの関連についても考察し、アイルランド文学ルネサンスからジョイスが受けた影響を総括することにしたい。
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今後の研究の推進方策 |
25年度は本研究の最終年度であり、「ジョン・エグリントンとジェイムズ・ジョイス」と題し、ジョイスの創作に及ぼしたアイルランド文学ルネサンスの影響を検証する。エグリントンは世界的な知名度は低いが、彼こそジョイスの文学の思想基盤であったろう。エグリントンはイェイツの提唱する神話的手法の演劇に反発し、ジョイスが拠り所としていたリアリズム論を主張していた。その意味で、エグリントンは、ジョージ・ムア、W. B. イェイツ、あるいはジョン・ミリントン・シングといった、ジョイスが敵対しつつ、その手法に魅了されていった文学者たちの位相について、その手がかりを与えてくれるものと思われる。 エグリントンとジョイスの関わりについては、国家と芸術家の相克を中心に、研究を推進する予定である。当時は民族主義が高揚し、文学は国家を映し出し、同時に国家の方向を示唆する鏡にも等しいものであった。ジョイスはエグリントンの評論を読み、彼が勤務する国立図書館を度々訪れ、助言を受けている。エグリントンは国家よりも芸術家を優位におくコスモポリタンであり、ジョイスの模倣すべき手本であったのだ。 その一方で、エグリントンはイェイツやジョージ・ラッセルと同じく神智学にも知的興味を示していた。神智学への関心は民族主義と関わる事項である。イギリスの説く物質主義の波への反動により、民族主義の運動は霊の優位を唱導させることになったからである。本年度は最終年度でもあり、ジョイスとエグリントンとの関係を中心としながらも、ムア、シング、イェイツたちの文学観を総括し、アイルランド文学ルネサンスとジョイスの関わりについての結論を導くつもりである。
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次年度の研究費の使用計画 |
該当なし
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