平成25年度に行った研究は二つに大別できる。一つは、小説テクストの分析、もう一つは本課題による研究成果の発表である。 1.小説テクストの分析 1986年~1990年にブッカ―賞、ホイットブレッド賞およびサマセットモーム賞の受賞作および最終候補となった小説を対象として行った。その際に注目したのは、1)政治経済的なイングランドの状況、および2)多文化化するイングランドの状況を示す記述である。その結果、この5年間に出版され、社会的に評価を受けた小説には、「イングランドの状況」に関して二つの理解が示されていることがわかった。それは「二つの国民」という言説に対する二つの解釈という形で要約できるだろう。一つ目は1980年代における「二つの国民」の問題をネイション内部における二つの文化の対立ととらえる理解である。ヴィクトリア朝中期および1910年代に書かれた一連のテクスト群、いわゆる「イングランドの状況小説」に直接言及することにより、この小説ジャンルの系譜を更新するような作品も登場した。もう一つはこれをイングリッシュネスの問題ととらえ、イングリッシュというネイションからの排除とそれへの包摂の問題として提示するテクスト群である。イングランド社会の多文化化の文脈はこちらの小説群に読み取れる。興味深いことに、こうした小説群は現代のイングランドにおける排除と包摂の問題を直接扱うよりも、小説の舞台をヴィクトリア朝の一時期に設定する歴史小説仕立ての現代小説として、あるいはイングランドでの現状ではなく移民作家にとっての「ホーム」を描く小説として間接的に問題を提示する作品もあった。 2.本課題による成果発表 昨年度までの新聞雑誌記事調査で得られた結果と小説のテクスト分析により得られた結果を比較検討し、国際学会での2回の研究発表、2本の研究論文の形でまとめて発表した。
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