研究課題/領域番号 |
23520347
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研究機関 | 関西学院大学 |
研究代表者 |
伊藤 正範 関西学院大学, 商学部, 准教授 (10322976)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | イギリス文学 / 労働運動 / 初期モダニズム |
研究概要 |
当初の予定通り、19世紀末イギリスにおける新聞・雑誌などの一次資料の収集・分析を行った。当時の労働問題に関連する資料の収集には大英図書館によるデータベースBritish Newspapers 1800-1900と、ケンブリッジ大学図書館所蔵のマイクロフィルム資料とを併行して用いた。これにより、主に当時のイギリス商船における労使問題に関する資料を多数収集した。なおこの成果により、当時の労働運動の変遷と初期モダニズム小説の語りの発達との関連について一定程度の理論化を実現できる見通しが立ったため、当初次年度以降において実施する予定であった、ジョーゼフ・コンラッド『ナーシサス号の黒人』、『密偵』、H・G・ウェルズ『タイムマシン』の分析と、それに基づく理論化および成果発表を部分的に前倒しで実施した。 『ナーシサス号の黒人』については、これまで作者の反社会主義的姿勢を強く反映しているとされてきたテクスト観の根本的な見直しを行うために、それぞれのエピソードを単独で取り扱うのではなく、テクスト全体を通しての各エピソードの関連性に光を当てるという独自の切り口から分析を実施した。成果は、論文「『ナーシサス号の黒人』の政治性と19世紀末イギリス労働運動」として発表した。 『密偵』、『タイムマシン』については、『ナーシサス号の黒人』と併せた三者間での比較検証を通して、労働運動の進展に伴う労働者自身の発言力の変化が、テクストの語りの形成にどのような影響を及ぼしているかについて検証した。その際、カレル・チャペック『R.U.R.』における、労働者のメタファーとしてのロボットを比較の中心的尺度として設定することによって、ユニークな初期モダニズム形成論を実現するに至った。成果は、論文「カニバルの囁き、反逆者の雄弁、シレノスの語り、 そしてロボットの〈声〉――労働運動と初期モダニズム小説」として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は関連時代の新聞・雑誌などの一次資料の収集・分析に注力する予定であったが、前述のように、理論化に必要な一定程度の調査成果を得られることができたため、本来次年度以降で実施する予定だったテクスト理論の構築と成果発表を前倒しで実施した。これにより一部未実施となった資料収集・分析がある(これについては次年度以降で実施する予定)が、全体として総合すれば、おおむね予定通りの達成度を得られた。
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今後の研究の推進方策 |
次年度以降において着手する予定であったテクスト理論の構築と成果発表を、本年度においてすでに一部完了したが、今後はそれらを足がかりにした上でさらなるテクスト分析を進めていく。具体的には今年度の研究対象となった小説作品に加え、『青春』『闇の奥』などの船員が登場するテクストに目を向けていく。今年度の研究調査において、当時の船員による労働組合の設立について取り扱ったが、より大きな労働運動の流れにおいて19世紀末の船員がどのような立場に置かれていたのか、次年度以降の研究活動においてより詳細に分析する必要を認識している。また19世紀末の労働組合運動を考察していく上で重要なのは、運動の主体が熟練労働者から不熟練労働者へとシフトしていった事実である。今年度の研究を通してこの事実の重要性を認めたため、次年度以降においては、当初の計画に加え、トマス・ハーディ『日陰者ジュード』やヘンリー・ジェイムズ『カサマシマ夫人』などの熟練工が登場する作品の語りと、『密偵』のような非熟練工が登場する作品の語りとを比較検証することを考えている。今年度未実施となった分の資料収集については、次年度以降、順次実施していく。
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次年度の研究費の使用計画 |
前述のように、資料収集・分析と併行し、次年度以降に実施する予定だった小説作品の分析と語りに関する理論化を前倒しで実施したため、本来今年度において実施する予定であった資料収集・分析の一部は次年度以降に実施する。この変更に伴い、今年度使用予定であった研究費の一部は次年度に繰り越して使用する。加えて、当初の予定通り、テクスト理論の構築を進めるに当たって、小説理論や労働問題に関連する二次研究資料を収集する。また成果発表のために機材や消耗品、論文校閲謝礼のための費用を必要とする。
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