研究課題/領域番号 |
23520347
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研究機関 | 関西学院大学 |
研究代表者 |
伊藤 正範 関西学院大学, 商学部, 准教授 (10322976)
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キーワード | イギリス文学 / 労働運動 / 初期モダニズム |
研究概要 |
前年度に引き続き、19世紀末イギリスの労働運動に関する一次資料の収集・分析活動を行った。またそれによる調査結果を援用しながら、コンラッドの小説作品の分析を継続した。特に注力したのが前年度からの課題である『ナーシサス号の黒人』であり、これまでの考察を発展させる形で、小説の美学的側面における労働運動の影響へと関心を拡大していった。その際に注目したのが、船員ドンキンの描写にまつわるアイロニーの変動である。人一倍の怠け者でありながら、労働者としての「権利」を声高に主張するドンキンの描写は、作者自身の反労働運動的姿勢を反映するかのようなアイロニーに満ちている。しかしながら、彼の「雄弁さ」や、ビスケットを投擲することによる「テロリズム」行為は、当時の労働運動家の主張の正当性を「雑音」として語りに残留させたり、資本主義経済と船員たちとの関係を表す「白」と「黒」のシンボリズムを自己解体させたりしながら、アイロニーに亀裂を生じさせていく。こうした語りの「テロリズム」的特徴を明らかにしながら、コンラッド小説の修辞的側面の形成において、労働運動の発展が大きな影響を与えていたことを見出した。初期モダニズム小説の美学的側面と労働問題との関わりに着目した研究は過去に類例がなく、意義深い研究成果が得られたと考えている。成果は論文 “A Belaying Pin and a Biscuit: Labour Movements and Narrative in The Nigger of the Narcissus” として発表した。 また次年度の研究活動に向け、引き続き一次資料の収集活動を行った。具体的には1889年に発生したロンドンの港湾労働者ストライキに関する記事などを収集し、分析を進めた。また、ディケンズ、ハーディー、ウェルズ等のテクスト分析に向けた調査作業も開始した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の予定どおり資料収集活動を継続するとともに、収集した資料を援用してコンラッド作品における語りの分析を遂行した。対象とする小説テクストとしては、当初取り扱う予定として挙げた『ナーシサス号の黒人』、『青春』、『密偵』のそれぞれを検証した上で、最も分析に適するものとして『ナーシサス号の黒人』を選択した。
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今後の研究の推進方策 |
予定通り、より包括的な初期モダニズム理論の構築を目指し、コンラッド同様、労働者の描写が多く登場するウェルズの小説を研究対象に加えていく。具体的には『タイムマシン』(Time Machine, 1805)、『透明人間』(The Invisible Man, 1897)、『トーノ・バンゲイ』(Tono-Bungay, 1909)などを想定している。さらに比較の対象として、チャールズ・ディケンズ、トーマス・ハーディー、ヘンリー・ジェイムズによる小説作品も扱っていく予定である。最終的には、初期モダニズム期の小説全般と当時の労働運動との間に密接なつながりがあることを証明したい。
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次年度の研究費の使用計画 |
1889年の港湾労働者によるストライキをイギリス労働運動史における大きな転機として再検証する必要が出てきたため、新たな資料収集のためイギリスへの出張を予定する。その他は当初の予定通り、小説理論や労働問題に関連する二次研究資料の収集、成果発表に向けての機材や消耗品などに経費を使用する。
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