本研究ではフランツ・カフカとローベルト・ヴァルザー及び日本の私小説を「私」の表れ方という観点から比較し、それらの特徴を明らかにすることが試みられた。これらの文学作品には、作家自身の経験が強く反映される一方で、政治や社会の背景がほとんど排除されるという特徴がある。この特徴は作家相互の影響関係によるものではなく、いずれもがメジャーな西洋文学の伝統から距離から置いたところに成立した文学であることから生じている。各文学が置かれた周縁的性格が大きな物語よりも「私」の真実性という「小さな文学」(カフカ)を生じさせたのである。このことは支配的な西洋文学の伝統に風穴を開けることとなった。
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