研究課題/領域番号 |
23520404
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
塩塚 秀一郎 京都大学, 地球環境学堂, 准教授 (70333581)
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キーワード | 日常 / 都市 / 風景 |
研究概要 |
最近二十年ほどのフランス文学を特徴づける潮流のひとつとして、都市生活の中でふだん着目されることのない「日常」を記録しようとする、一群のルポルタージュ的作品がある。フランソワ・マスペロの『ロワシー・エクスプレスの乗客』(一九九〇)は、パリを縦断する郊外鉄道のすべての駅で降りて、とりたてて観光資源もない界隈を散策する試みを記録したものである。フランソワ・ボンの『鉄路の風景』(二〇〇〇)は、パリと地方都市ナンシーのあいだを走る列車の車窓風景を半年間にわたって繰り返し書き留めた作品である。また、フィリップ・ヴァセによる『白い本』(二〇〇七)は、誰の注目も引かない風景をパリ市内に求めた試みと言えよう。パリ市の地図では、取り壊し中の建築物や廃棄物が放置された空き地など、さまざまな理由で正確な表記になじまない空間が白地のまま残されている。『白い本』は著者がこうした区画を実際に訪れてみた記録である。 今年度は上記の作品に関して、誰の注目もひかない場所や日常の風景をこれらの著者たちがなぜわざわざ記録しようとしたのか、という問題を考察した。結論を端的に記すと、日常の風景が萌芽あるいは痕跡として抱えている〈破壊〉の契機が、彼らの記録の衝動と深く関わっていることが判明した。たとえば、マスペロが訪れたパリ近郊の町の多くは、普仏戦争から第二次大戦に至るまで、たびたび戦禍に見舞われてきた。アウシュヴィッツへの玄関口となったドランシーの集合住宅は、「破壊の痕跡」の最たるものであろう。一方、ボンが記録したフランス北東部の町々は、産業構造の変化により工場閉鎖にみまわれ、衰退を余儀なくされている。上記の書物はいずれも、戦争、産業構造の変化、資本の論理などがもたらす日常風景の〈破壊〉を記録することにより、現代社会への批判となっていることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
申請段階で対象として想定していた作品は順調に調査が進んでいる。平成23年度はフランソワ・ボンの『高速道路』、『鉄の風景』、『デーウ』の読解を終えたが、平成24年度は、ボンに関する批評文献を読み進めたことに加え、マスペロやヴァセのテクストを検討できた。そこから、日常への関心を引き起こしたのが〈破壊〉の契機であることをつかみ、現在、この主張を論文にまとめつつある。ただ、論文集の刊行時期(平成25年度夏に原稿〆切)との関連で、今年度の成果としてはやや遅れつつあると言える。また、ジャン・ロランの『ゾーン』、オリヴィエ・ロランの『囲い』についても、平成24年度中に調査を終える予定であったが、まだ進行中である。平成25年中のフォローアップを目指したい。
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度は、ボン、マスペロ等に関する批評文献を読み進めることに加え、マイケル・シェリンガムの研究を参照しつつ、アンリ・ルフェーヴルやジョルジュ・ペレックらの仕事を詳しく検討し、ボンやマスペロらの試みの思想的背景についても十分に検討したい。 また、ジャン・ロランの『ゾーン』や、都市や日常を題材とする現代アートの作品についても、ある程度の見取り図を作っておきたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
前年度に引き続き、フランス現代文学に関する批評文献、都市論、社会学、芸術論などに関する研究文献を購入する。また、都市、街路、日常を主題とする現代アーティストの中には、ペレックの影響を受けていたり、ボン、マスペロらと関心を共有する者が少なくない。そうしたアーティストの展覧会には積極的に足を運び、カタログなどの文献資料も収集したいと思っている。たとえば、東京都現代美術館で開催される「フランシス・アリス展」は、本研究とも少なからぬ繋がりをもつと思われる。メキシコ在住のアーティスト、フランシス・アリス(1959-)は、都市の中を歩きまわり、そこから見えてくる日常に潜む問題を捉えようとする作家であるからだ。今年度は、美術の調査にも研究費を計上する予定である。
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