本研究の目的は、食をめぐる文学的言説と社会的議論の比較考察をとおして、食という問題域に具現された環境観の特徴や問題点を明らかにし、それによって人と環境との関係をとらえる視角をより総合的に検証することにあった。4年の研究期間中、(1) 食をめぐる文学的表象の事例収集と分析、(2) 食をめぐる文学実践と社会的動向の比較考察、(3) 食をめぐる文学的ロジックの理論化、(4)研究の総括としての論文執筆と報告、という当初の計画にほぼ沿うかたちで研究を実施できた。それぞれの内容等について以下に述べる。 まず、事例収集では、食をめぐる文学表象と社会的言説の乖離がもっとも顕著にみられる例として、食と汚染の問題に着目し、水俣病問題ならびにチェルノブイリや福島の原発事故をめぐる食言説を収集し分析した。社会的傾向においては、汚染された食べ物を避け食の安全性を重視する見方が顕著だが、文学作品には、汚染されているとわかっていながら食べ物との関係を断ち切れずに食べ続ける人びとの描写が散見された。そのような社会的動向と文学実践の相違に加えて、食べ物(を生み出す環境)との関係が汚染からの安全より重視されるスタンスがアメリカの作品にほとんど見いだせなかったことから、食の問題への日米の文学的アプローチの相違も視野に入れて分析を進めた。その結果、とくにアメリカのエコクリティシズムや環境人文学で近年注目されている環境論的転回が、人と自然との関係の深さ(調和・共生)という日本に顕著にみられる考え方の解体と脱神話化を促していることを突き止め、合理主義的な環境論的転回vs.合理主義とは相容れない自然との調和・共生、という異質な価値体系の対立と接触が食言説に表出していることを明らかにした。 以上の研究内容は、中間報告として単著刊行と口頭発表をおこない、フィードバックを得て修正後、点検および研究の共有を目的に国内外で発表した。
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