研究課題/領域番号 |
23520436
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研究機関 | 山口大学 |
研究代表者 |
阿部 泰記 山口大学, 大学院東アジア研究科, 教授 (40091227)
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キーワード | 漢川善書 / 聖諭宣講 / 宣講拾遺 / 宣講大成 / 宣講彙編 |
研究概要 |
1.漢川善書の調査―2003年2月17日、漢川市馬口鎮廟湾村において「漢川市文化館善書宣講団」による恒例の春節の「台書」上演を記録した。演目は『奎星下界』(『包公出世』)である。漢川善書には宗教的要素はないと言われるが、宣講は『関帝桃園経』の読経から始まり、「普渡衆生」「仏光普照」という扁額を飾っており、村人は信心深く、伝統的な民間の善堂による宣講の伝統を受け継いでいる。近年の経済発展によって村民も富裕になり、寄付の額も増加して上演は演劇の衣装を身につけるようになった。テレビの普及で観衆が減ったと言うが、老人にとっては大きな楽しみであり、特に出稼ぎの人々が帰郷して一家が集う春節であるため、100人以上の村人が集まって宣講を鑑賞していた。 2.聖諭宣講のテキストの収集―民衆を教化するには民衆が親しんだ言葉や文学によって宣講する必要があるため、説唱形式の通俗的な聖諭宣講は清末に出現した。その規模は全国的であったと思われるが、これまで特殊な領域であることから、テキストの調査が進んでいない。『躋春台』というテキストが清末小説として紹介されて以来、宣講のテキストという認識は研究者になかなか芽生えないのが現実である。宣講は文学研究として認めない考えがいまだに根深い。本研究では「通俗」でなければ民衆は納得しないという観点から研究を進め、それを論証するために、説唱形式の宣講が全国に普及していたという事実をテキストの収集によって証明することに努めており、これまでに河南の『宣講拾遺』という先駆的宣講書から、吉林の『宣講大成』、四川の『宣講彙編』について執筆し、その存在を紹介した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1.漢川市における聖諭宣講の現状を把握することができた。他の地域ではテレビの普及によって伝統芸能は廃れていく傾向にあるが、漢川善書は年ごとに発展していることを調査によって確認することができた。これは民衆の自発的な芸能評価の結果であり、最も理想的な伝統文化の継承現象だと考える。 2.清末以来の聖諭宣講のテキストを収集することができた。日本では唯一沢田瑞穂氏が収集したテキストのみが知られ、台湾・中国・香港の学者によって紹介されたテキストがあったが、全国的に説唱形式の聖諭宣講が普及していたことは確認できていなかったが、今日のネット情報の発達によってそのことが論証できるようになった。また漢川善書への展開もこれによって説明することができるようになった。 3.湖北大鼓については湖北省文化局を通じて中国第一級芸人の張明智氏を取材することができた。張明智氏は、大鼓芸能に楚劇など地方演劇を取り入れ、大胆に社会風刺をした有能な芸人である。その50篇の作品を分析して、この芸能が湖北地方において民衆に親しまれ、社会啓蒙に大きく貢献していることを立証した。 4.湖南省北西部の湘北大鼓については、湘北地区を調査してその人気の高さを知った。葬儀の時に弔問客を楽しませるための喪鼓の上演は歴史演義が多いが、鼓王大会で上演される演目は現代社会が抱える問題をテーマとした創作が多いことが分かった。鼓王大会は隔年で行われており、鼓王に認定されると人気度が上がり、喪家が招聘することが多くなり、芸人たちは競って大会に出場することで、また社会啓蒙の役割を果たしていることも分かった。
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今後の研究の推進方策 |
1.台湾唸歌の調査―台湾では楊秀卿という国家級の芸人が健在であり、その弟子たちが台湾唸歌団を結成して公演を行い、唸歌の普及や台湾語の普及に努めている。台湾は比較的伝統観念の強い地域であり、ここにおける社会啓蒙の実態を把握する。現在に至るまで楊秀卿氏の作品を少なからず収集し、唸歌団の協力で台湾語による上演の文字化を進めていただいており、これらの分析も行う。 2.広西山歌の調査―南寧に南方早報編集長の蒋欽揮氏を取材して、宜州など広西の北部に宣講活動を行う地域があることを紹介された。またネット上で活動が紹介されていることも知った。それらの情報をもとに山歌による宣講の現状を明らかにする。 3.漢川善書の継続的調査を行う。 4.研究成果を発表し、専門家の意見を賜りながら研究を推進する。
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次年度の研究費の使用計画 |
前年度は社会情勢の影響と情報不足もあって湖北大鼓・湘北大鼓の現地調査はせず、漢川善書の継続的調査のみを行った。今年度は湖北大鼓・湘北大鼓については調査の可能性を探ることとし、未使用の経費は、これまでの研究成果を専門家に提示しながら教示を受けること、漢川善書の継続調査を行うことに使用し、今年度分は計画どおり、台湾唸歌の調査、広西山歌の調査、および収集した資料の整理のための謝金に使用したい。 旅費 台湾唸歌の調査(楊秀卿唸歌団からの上演情報は常に入手しており、その情報をもとに上演活動を取材する)、広西山歌の調査(広西北部の情報に基づき、その宣講活動を調査する)、漢川善書の継続的調査、研究成果の公表(特に中国において研究成果を披露し、専門家からサジェスチョンを受ける)。 謝金 収集した資料の整理(録画資料の分析)
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