研究課題/領域番号 |
23520442
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研究機関 | 大東文化大学 |
研究代表者 |
藏中 しのぶ 大東文化大学, 外国語学部, 教授 (40215041)
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キーワード | 国際研究者交流 イタリア・フランス・中国 / 仏教 / 律令 / 伝 / 玄奘 / 鑑真 / 延暦僧録 / 百済 |
研究概要 |
《仏教東流》の東アジア文学史を象徴する大安寺創建説話の系譜《兜率天宮→天竺・祇園精舎→唐・長安西明寺→平城京大安寺》の背景を二つの観点から考察した。 第一に「知的体系の継承関係論」として、奈良・平安朝の仏教文学の出典体系の展開の様相を溯り、①百済弥勒寺「金製舎利奉安記」と鑑真伝『延暦僧録』上宮皇太子菩薩伝に共通語彙を指摘、大安寺文化圏の表現類型の東アジアへの広がりを論じ、②百済と倭の弥勒信仰の異質性と『延暦僧録』の史料性を論じた。 第二に、これを担う「人的ネットワーク論」として、③奈良朝の律令学・仏教学・文学の講説の場が交錯しつつ《律令官人の学問の場》として機能し、長安西明寺から大安寺文化圏、さらには平安朝にいたる出典体系の継承に大きな役割を果たしたことを論じた。具体例として、④吉備真備撰『私教類聚』の『顔氏家訓』引用が『広弘明集』による間接引用の可能性を指摘し、⑤『和名類聚抄』が《律令官人の学問》の痕跡をとどめることを指摘、『顔氏家訓』の引用手法を『遊仙窟』と比較して両書の享受の違いを考証した。 9~1月の短期海外研修では、ノルウェー・オスロ大学でオースタッド安倍玲子教授と津島佑子『ナラ・レポート』の出典が阿部泰朗『湯屋の皇后』であることを考証した。スウェーデン・ヨーデボレ大学では、トウンマン武井典子教授・トーマス・エックホルム講師と本研究の前段階研究で継続中の『茶譜』、イタリア国立サレント大学ではマリア・キアラ・ミリオーレ教授と研究・シンポジウム2件、フランス高等研究院ではシャルロッテ・フォン・ヴェアシュア教授、フレデリック・ジラール教授、リン・クオ教授と《仏教東流》に関わる入唐僧・敦煌文書の研究と講演を行った。敦煌文書を新たに視野に入れ、大安寺文化圏に継承された《仏教東流》の枠組と理念の展開および《律令官人=在俗仏教徒の学問の場と質》研究の意義と有効性を確認しえた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
「知的体系の継承関係論」として、大安寺創建説話の《仏教東流》の理念と枠組が、百済弥勒寺「金製舎利奉安記」によって六世紀の百済にまで伝播していたことが確認された点は大きな収穫であった。これは百済の入唐僧が、唐の仏教を百済に伝えたことを意味し、唐と日本の「人的ネットワーク論」を、東アジアという視点に拡大する必要性を示唆するものである。 《律令官人の学問の場と質》については、俗語研究を推進するカナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学のワークショップで、日本古代における俗語の機能として、欧米の研究者の関心を集めた。律令・仏教・文学の講筵の場で説かれた唐代俗語が、奈良時代初期の口語辞書『楊氏漢語抄』『弁色立成』『漢語抄』を経由して、『和名類聚抄』に採録されているという事実は、奈良時代初期の史料を補う意味でも貴重であり、そこから講説の場の関心のありよう=上代の学問の質と内容をある程度復元することが可能である。これは、奈良時代と平安時代を文学史的につなぐ重要な視点である。 さらに、イタリア・国立サレント大学、フランス国立高等研究院での共同研究を通して、ヨーロッパの日本学・東洋学から大きな示唆を得、研究のネットワークが格段に広がった。特に、敦煌文書を所蔵するパリ国立図書館を擁するパリの敦煌学・歴史学・仏教学からは、《仏教東流》という理念と枠組が、従来、想定していた以上の広がりと深さをもつこと、玄奘伝を継承する奈良朝の高僧伝の分析手法について多くを学んだ。 《仏教東流》を文献的に支える長安西明寺の類聚編纂書群=大安寺文化圏の出典体系という観点、また、これを担った律令官人=在俗仏教徒の学問の質と講筵の場という観点、さらには、講筵の内容を断片的に採録する『和名類聚抄』をはじめとする古辞書や類書、訓点資料の研究の有効性に大きな手応えを感じ、海外での研究活動によって当初の計画以上の成果をえた。
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今後の研究の推進方策 |
「知的体系の継承関係論」は《仏教東流》を軸として、『広弘明集』『法苑珠林』をはじめとする長安西明寺の類聚編纂書群→大安寺文化圏の出典体系について、唐の太宗の宮廷文化全般を視野に入れ、その体系的な受容を解明する。その方法として、新たに『懐風藻』と太宗の宮廷詩を収める『翰林学士集』の比較研究を行う。 「人的ネットワーク論」は《律令官人=在俗仏教徒の学問の質と場》を軸として、第一に、『和名類聚抄』に引く奈良時代の口語辞書『楊氏漢語抄』『弁色立成』『漢語抄』にみられる和訓を精査して、古辞書・訓点資料から、律令学・仏教学・文学の講筵の場と内容の実態の解明を進める。第二に、8月、西北大学王維坤教授・高兵兵准教授の協力のもと、鑑真伝『大唐伝戒師僧名記大和上鑑真伝』に記された鑑真の受戒の師僧の所属する長安寺院のネットワークを実地調査する。第三に、鑑真伝『延暦僧録』居士伝にみられる律令官人=在俗仏教徒の私寺について調査を進め、平城京の私寺と律令官人の仏教を考察する。 最終年度の研究成果の公表として、10月、昨年度の海外共同研究者であるカナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学クリスティーナ・ラフィン准教授(俗語研究)、イタリア国立サレント大学マリア・キアラ・ミリオーレ教授(弥勒信仰と『日本霊異記』『唐大和上東征伝』『延暦僧録』研究)、フランス国立高等研究院シャルロッテ・フォン・ヴェアシュア教授(唐代の仏教と文学、入唐僧関連文献)、フレデリック・ジラール教授(敦煌文献)を招聘して共同研究を行うとともに、10月27日大東文化大学大学院日本言語文化学専攻主催「東西文化の融合」国際シンポジウムにおいて「仏教東流」をテーマとした国際シンポジウムを開催し、これまでの研究成果を公表する。1月にパリで敦煌文献の調査研究を行うとともに、フランスとイタリアの日本学・東洋学との連携を推進し、今後の展開につなげる。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度の研究費は海外学会での発表のための旅費、専門的知識・翻訳のための謝金として使用を予定している。
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