本研究は、中国トン族の歌謡文化伝承に大きな役割を果たしている「歌師」を研究対象に、「歌師」が伝承している歌謡の採集、その背景になる生活・生産・信仰・社会などの考察を行い、個人と氏族文化のかかわり方、およびトン族歌謡文化の全体像を明らかにすることを目的としている。 研究計画にしたがって、この三年間は六回にわたって貴州省等のトン族居住地域に赴いて、聞き取り調査を行い、「歌師」が活躍する現場の参与観察を行った。トン族文化がよく保存された黎平県全域を視野に入れながら、ひとつの村を重点にした。これらの調査により、トン族の歌謡文化の全体像を把握することができ、さらに「歌師」が深く関わっている「大歌」(世界遺産に登録)の基本状況、その背景にある生活や信仰などの状況を明らかにすることができた。毎回の調査が終了するとすぐ調査内容の整理を行ったので、豊富な第一次資料を作ることができた。 最終年度は貴州省・広西チワン族自治区・湖南省に赴き、トン族全地域における「歌師」、及び歌謡文化の状況を把握し、調査研究を行った。また最終年度の大きな仕事として、この三年間の研究成果を『報告書』としてまとめあげた。『報告書』は「生態記録編」「インタビュー記録編」「トン族歌謡資料編」「研究編」に分け、内容が豊富で充実したものになっている。 本研究の成果は『報告書』で示したように、現在と昔(歌師が経験した各時代)における歌謡伝承の実態を明らかにする仕事としては前人未到の成果を収めた。また豊富な画像・映像・音声資料を収集したので、今後は積極的に社会に公開・発信することによって、この分野の研究、ひいては比較研究に寄与できることと思う。
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