同語反復文,矛盾文,自明文,確認文,メタファー文など言語の最も重要な機能ともいえる情報伝達を放棄したかのような一連の奇妙な文の意味生成メカニスムについて研究を行った.これらは情報価値がゼロ,あるいはゼロに近く,言語活動の常態を逸脱した表現ということにもなろうが,頻度も高く,その意味作用においては各表現を通じてある種の共通性が見られ,通言語的にも興味深い類似性が観察される. 近年の意味論,語用論,認知科学,文法化研究,主観化仮説,言語習得研究は,個別言語の語彙体系や文法機能の基盤に言語普遍的な外界認知のレベルがあることを明らかにしつり,その中でも言語現象に潜在する発話者,いわゆる主観性概念に注目が集まっている.本研究では,日本語,フランス語,英語の対照研究を通じて,情報欠落文の意味補完メカニスムの解明を行い,これら情報欠落文に共通な意味生成基盤が存在することを明らかにした. これら一連の文の意味解釈が語彙素や形態素の組み合わせにより形成されたものでないことは自明であるが,他方,解釈が収束的であるという観察から,これらの意味は文脈・発話状況との関係から語用論的に生み出されたものでもなく,事態に対する発話者の主観的判断のレベルに基づいたものであることを明らかにした.情報欠落文の意味産出に文脈・状況の寄与があるとすれば,それは当該の文に関与する主観性が「真実性」,「望ましさ」,「実現要請」の三種の中のどれであるか,を明確化する働きだけである.つまり,情報欠落文とは,あえて情報部分をゼロ化した骨組みだけの文である.しかしこのゼロは主観性によって補完され,文は主観性を直截に表現する道具として機能する.
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