研究課題/領域番号 |
23520455
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
那須 昭夫 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (00294174)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 言語学 / 音韻論 / オノマトペ / 促音 / アクセント |
研究概要 |
本研究では,日本語オノマトペの諸形態に頻出する語末特殊モーラの韻律機能特性を実証的見地から解明することを目的とする。平成23年度は語末促音に焦点を当て,その知覚につながる音声上の手がかりの特定を目指して研究を進めた。 オノマトペの語末促音が無標かつ意味的に透明な韻律調整要素であるとの仮説を立て,この仮説を次の手順で検証した。語末促音を表記上含む語形(促音形,例:ガラッ)の音調型を,語末促音の表記がない語根単独の形(無語尾形,例:ガラ)の音調型と比較し,両者に決定的な差異があるか否かを探る。そのために8名の母語話者を対象とする次のような録音調査を行った。視覚提示素材として,漫画作品のコマに描かれたオノマトペ(促音形および無語尾形)をランダムに被験者に示し,内言化された読み方に忠実に発音してもらう。発話は録音し,Praat上でピッチの動態を解析した。 この調査の結果,無語尾形の音調型は圧倒的な割合で促音形のそれと同様のLH型(低高型)をとりやすいことが分かった。また,共通の語根を含む無語尾形と促音形の語対を一つ取り上げ,両者のピッチ形状(F0遷移の動態)を比較したところ,両者間には有意な差異がないことを示す統計的結果が得られた。つまり,視覚提示素材中のオノマトペの語末に促音が表記されていてもいなくても,被験者は一様の音調型(LH型)で発音する傾向を示すことが捉えられた。 これらの結果は,「ガラッ」のような促音形と「ガラ」のような無語尾形とが,少なくとも音調パターンの形成に関しては等質であることを示すものである。すなわち,オノマトペの語末促音が韻律調整のための付加的要素として位置づけられるとの当初の仮説を部分的に裏づけるものである。今年度得られた上述の知見は,オノマトペの語末特殊モーラの韻律機能特性の解明を目指す本研究の目的に寄与する成果であると言える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は録音調査の実施とその結果の分析を当初計画とし,それを着実に実施した。調査の結果も予測を裏づけるものであり,ほぼ期待通りの成果が得られた。 一方,当初計画通りに作業が進められなかった点もあった。今年度実施した調査は予試験という位置づけであり,その反省を踏まえて本試験を実施するというのが当初の計画であったが,予試験を通じて方法上の問題点がいくつか見出され,その改善に向けた調査デザインの再構築が必要となった。たとえば,予試験では視覚提示素材として漫画作品のコマの一部を使用したが,描画の影響により被験者が不要な表情音を伴った発話をしてしまうケースがあるなど,当初予期せぬ問題が出来した。この問題を改善するため,本試験では視覚提示素材としてイラストを作成する必要が生じたが,作画作業の進捗状況の影響により,本試験を次年度に実施することとした。 もとより,予測を越える問題が予試験を通じて見出され得ることは当初より想定していたことである。そうした問題を克服することは,本試験の充実化を図るためには不可欠の作業であり,多少の時間をかけても調査手法の着実な改善を図ることによって,より信頼度の高い結果が得られるものと考えている。また,上述の課題は残されたにせよ,語末促音の知覚上の手がかりとして働く音調特徴の捕捉という今年度の課題については,十分な成果が得られている。このことから,上記の評価が妥当と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
本研究における今後の作業課題は,大きく分けて二つある。(1)録音調査(本試験)の実施および,(2)知覚実験の実施である。当初計画に沿ってこれらの課題に着実に取り組んでいく。 (1)録音調査については,被験者数および調査対象語数を予試験段階よりも増やして実施する。語末促音の有無がもたらす音調上の影響について,より量的に充実したデータに基づいた確実な分析を行うためである。 (2)知覚実験については,(A)語末促音の有無と語形弁別との相関を見るものと,(B)ピッチ動態と語末促音認知との相関を見るものの二通りを計画している。(A)については,準備段階の作業として刺激音声の録音さえ済ませれば,比較的早期に実施できると思われる。(B)については,刺激音声の準備に際して,ピッチ形状が段階的に異なる合成音声の系列を作成する必要があるほか,実験を自動化するためのスクリプトの作成を行う必要がある。 以上の課題のうち,(1)の録音調査結果の分析および(2B)の知覚実験用の合成音声の作成には,やや多めの時間を要することが見込まれる。いずれの作業においても,音声データのラベリングが不可欠だからである。(1)に関しては録音資料の量が膨大である点を,(2B)に関しては有意味なF0屈曲点の特定に不可欠なピッチ情報の抽出も必要となる点を,研究の円滑な推進に際しては考慮しなくてはならない。 ただし,これらの点については次の方策を以て十分な対応が可能である。まず,ラベリングに関しては,アノテーション技術に習熟した複数名の補助者(大学院生など)に作業を分担してもらうことで迅速化を図る計画である。また,ピッチ情報の抽出に関しては,作業自動化のためのスクリプトを有効に活用することで,刺激音声の早期完成に向けた作業の効率化を図る予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度は,録音調査および知覚実験の準備と実施に係る経費が主な使途となる見込みである。 録音調査に関しては,視覚提示素材の作画に係る経費,調査実施時の作業補助者の雇用に係る経費,被験者に対する謝金,録音データのアノテーション作業に係る経費等,主に人件費・謝金に係る諸経費がまず見込まれる。また,大量の録音データの蓄積および解析に不可欠な大容量記憶媒体(HDDおよびSDメモリーカード等)を準備する計画である。 知覚実験に関しても,刺激音声の録音・合成の作業において補助者の協力が不可欠であるほか,実験準備・実施時の作業補助ならびに被験者に対する謝金等,人件費・謝金に係る諸経費が見込まれる。実験に際しては,被験者が自力で回答を進められるようにプログラムを自動化する計画であり,そのために必要な心理実験用のソフトウエアならびにモニタ等の物品を準備する必要がある。 このほか研究成果の発表・視覚提示素材の作成等に係る事前打ち合わせ・近接分野での最新研究情報の収集等,本研究を進める上で欠かせない活動に係る旅費等も見込まれる。 なお,平成23年度の研究費執行に際して次年度使用額が生じたが,これは次の理由による。実施した録音調査(予試験)を通じて,被験者に提示する視覚素材の質に改善の余地が見出され,本試験に向けてあらためてイラスト形式の素材を作成することになったが,作画担当者の選定および作画形式の検討等の作業に一定の時間を要した結果,本試験の実施を平成24年度へと延期することになった。これに伴い,イラストの作画に係る経費および,本試験の補助者に対する短期雇用人件費,被験者に対する実験協力の謝金等の支出を年度内に行う必要がなくなった。このため,これらの経費を次年度使用額として繰り越すことにした。
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