研究課題/領域番号 |
23520461
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
渡部 眞一郎 大阪大学, 言語文化研究科(研究院), 教授 (90116145)
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キーワード | 音声学 / 音韻論 / 二重母音 / 容認発音 / ロンドン英語 / 音声変化 / 有標無標 / 変化の可逆性 |
研究概要 |
本研究課題の目的は、諸言語における二重母音と二重母音化にみられる普遍的特徴、類型論的な一般性を明らかにすることである。この目的のために、平成25年度においては、以下のことを実施した。 (1) 諸言語における二重母音の研究により得られた普遍的特徴や通言語的一般性の知見を踏まえて、古英語におけるi-umlautの音変化が二重母音化を内包する過程として分析されるべきであるという新しい知見を示した。その成果を論文として発表した。 (2) 二重母音がさらに変化、展開する方向性に関する研究を行うために、現在進行している二重母音の推移、変化を分析研究した。具体的には、連合王国ロンドン地域で話される英語の二重母音を取り上げ、その変化、推移の世代差による違いについて過去二度のロンドンでの実地調査に基づいて分析研究を行った。その結果、50歳以上の話者グループと20歳未満の話者グループの間で顕著な違いがあることが判明した。50歳以上の話者の場合は、かつては標準英語であった容認発音(Received Pronunciation)とは異なる二重母音を使用していて、音声変化が起こっていることが分かった。これに対して、20歳以下の話者の場合は、二重母音の発音が容認発音に極めて近いものであることが典型的にみられた。このことは、50歳以上の話者にみられた音声変化が20歳以下の話者の文法から失われた規則消失と捉えることができる。あるいは、50歳以上の話者にみられた音声変化の方向を逆転するような音声変化が20歳以下の話者にはみられると考えることもできる。この世代間の違いについては、その研究成果の一部を音変化の有標、無標という普遍的な区別、そして音声変化の可逆性の一般化の観点から論文にまとめた。この論文は平成26年5月末に刊行される予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題の特色は、諸言語の二重母音と二重母音化について今まで存在していなかった体系的な研究を提供することである。本研究課題の目的として、以下の問題に取り組み、おおむね順調に進展している。 (1) ゲルマン語系、ロマンス語系を含む諸言語の多様な二重母音と二重母音化について通時的、共時的観点から考察分析して、普遍的な特徴、通言語的な一般性について分析研究してきた。 (2) 二重母音化には、それが起こる普遍的要因としての音声的要因そして個別言語的要因としての母音推移などにみられる構造的要因が重要な役割をもつことを諸言語の数多くの事例に基づき明らかにした。 (3) ケーススタディーとして、個別言語の二重母音に関わる問題を通時的な観点から考察した。その目的のために、古ノルド語を祖語とするファロー語やノルウェー語の母音体系の変遷の研究、古英語の二重母音化の過程に関する研究を行った。 (4) 現在進行中の二重母音の推移について分析するために、連合王国ロンドンでの二度の実地調査により収集した一次資料に基づき世代間に見られる二重母音の推移、変化について分析研究を行った。上記4つの問題に関する研究成果を論文として発表した。なお、平成25年度においても連合王国ロンドンに出向いて、実地調査を行い、この一次資料をより充実させる予定であったが、諸事情でこれが実行できなかったために、1年間研究期間を延期を申請し承認された。この延期により、再度ロンドンでの実地調査が可能となったので、一次資料をさらに集め、平成25年度に行った研究成果をさらに精緻で確実なものにしたい。
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今後の研究の推進方策 |
平成26年度は本研究課題の最終年度となるため、研究の集大成をめざす。今後の研究の推進方策として、以下の点を挙げることができる。 (1) 過去3年間で得られた二重母音と二重母音化のデータベースに基づいて提案した二重母音の普遍的特徴、類型論的一般性について、データベースをさらに拡充することによって検証をすすめていく。 (2) 通時的にみて、二重母音は別の二重母音あるいは長母音へと変化する傾向にあるが、その変化の方向の一般性について、諸言語の事例によって明らかにする。 (3) 二重母音に関わる進行中の音変化の分析研究を引き続き進めていく。特に、二重母音の変化の方向の一般性について、現在進行中の二重母音の変化を分析研究することによっても明らかにしたい。過去二度の実地調査により、連合王国ロンドン地域の英語にみられる二重母音は世代間(50歳以上の話者と20歳以下の話者)で、発音に一貫した顕著な違いがみられることが判明している。その実地調査による一次資料に基づいて世代差による二重母音の音声的違いについて平成25年度に分析研究を行った。しかし、分析研究が深まるにつれて、さらなる一次資料を収集して現在までに収集した資料を補完する必要性が出てきている。とりわけ、50歳以上の話者にみられた音変化を逆行する現象を示す20歳以下の話者の一次資料について拡充する必要がある。そこで、本年度、再度連合王国ロンドンに出かけて、入念な準備のもと実地調査を行い、資料をより充実させたい。それにより、世代差による二重母音の音声的違いの精密な分析研究を行い、二重母音の変化の方向の一般性や音変化の可逆性の条件等の諸問題の解明を試みる。
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次年度の研究費の使用計画 |
本研究課題は三年間の予定で研究を進めてきたが、諸事情により予定していた海外での実地調査ができなかったために、一年間の研究期間延長を申請し、承認を得た。結果として次年度使用額が生じた。 ロンドン地域の英語にみられる二重母音の一次資料を得るための実地調査を行うために、連合国ロンドンに出張したい。また、ロンドン出張の帰路、パリ大学にてフランス語の一方言ともされたプロヴァンス語の音声文献資料の収集を行いたい。プロヴァンス語は、二重母音をもたない標準フランス語と異なり、二重母音が存在し、本研究の目的に適う対象言語となっている。
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