研究課題/領域番号 |
23520463
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研究機関 | 岡山大学 |
研究代表者 |
金子 真 岡山大学, 社会文化科学研究科, 准教授 (00362947)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | plurality / contextual dependency / saliency / scalarity / demonstrative / uniqueness / maximality |
研究概要 |
本研究の目的は、日本語の複数接尾辞タチ・ラの意味を、語用論的、通言語的観点も加えつつ明確化することである。本年度の研究では、「Xタチの適切な使用にはXタチ全体が表わす集合の中で、Xが表わすメンバーは、当該の文脈において、その他のメンバーより話者にとって際立ち度がより高いかあるいは同等で、その他のメンバーも焦点メンバーに匹敵するだけの際立ち度をもつ」という条件が課されると主張し、この条件を、尺度構造についての意味論的分析を援用しながら形式化した。 この分析により、先行研究では未解決であった次のような現象を説明することが可能となった:1.XタチとXグループは一見同様の意味を表わすが、「私タチ / *私グループ」「*我々小沢タチ / 我々小沢グループ」「*私を含む小沢タチ / 私を含む小沢グループ」に見られるように異なるふるまいを示す;2.「小沢タチ」が表わすグループには、小沢氏と際立ち度において違いの大きい、飼い犬は通常含まれない;3.タチと、スペイン語などのDifferential Object Markerのどちらも、無生名詞、非特定名詞と共起しないが、関係節を伴う場合には非特定名詞との共起可能性が向上する。以上の内容をまとめた論文は、現在投稿中である。 本年度はまた、タチ・ラの意味のあり方が、日本語文法の別の面に影響を与えていることも示した。具体的には「意味的複数性を表すためにタチ・ラは義務的ではなく、さらに累加複数だけではなく結合複数も表す」ことが、指示詞の解釈にも影響を与えており、日本語の指示詞は必ずしも唯一性・最大性を前提としない(ex.「教授とその学生タチが発表した」においては、「教授」の全ての学生が発表に加わる必要はない)ことを明らかにした。この内容は、意味論の学会とワークショップで発表し、学会のProceedings中の論文として公刊される予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
交付申請書に挙げた平成23年度の目標のうち、タチの意味を明示化するという理論面については、今後いくらか修正の余地はあるかもしれないが、基本的には達成されたと考える。その際、「Xタチ」と「Xグループ」との違いを示すテストをいくらか見つけることができた。 次に記述面でも、タチとスペイン語などのdifferential object markerとのふるまいの類似点を明確化するという目標については概ね達成されたと考える。 しかし、もう一つの記述面の目標、すなわちタチ・ラの使用状況の違いを、コーパスを作成し明らかにするという点の研究の進展は十分ではない。 一方、タチ・ラの意味のあり方と、日本語の指示詞の解釈との関わりという新しいテーマを発見し、いくらか研究を進めた。その過程で、日本語の指示詞は、欧米語の指示詞と異なり唯一性や最大性を前提しないという新たな仮説を提案した。
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今後の研究の推進方策 |
まずタチ・ラのデータを収集し、交付申請書に記した「タチでは累加解釈が優勢で、ラでは結合解釈が優勢」、「Xタチの方がXラよりも、Xの指示対象により高い際立ち度を要求する」という仮説が正しいか検証する。 また研究計画に従って、タチ・ラと、取り立て詞ナンカ・ナドの関係を明らかにする。その際、古典テキスト、方言研究資料などから「憶良ラは今はまからん」、「米の飯ラ食うじょなこたあ無かった」「こんなんラーいやじゃげ」といった、ナド・ナンカで言い換えられるラ・タチの例を収集し、タチ・ラとナド・ナンカが表す「累加複数」「結合複数」「例示」といった意味の間の共通点・相違点と、意味変化の方向を明らかにすることを目指す。 さらに取り立て詞ナンカの起源であると考えられる「飲み物をナニカ / ナニカ飲み物を」といった表現についての考察も深める。その際、こうしたナニカと類似の意味を表わすフランス語のquelqueやイタリア語のqualcheなどのいわゆるepistemic indefiniteとの比較も行う。またイタリア語のqualche+単数名詞は、タチ・ラと同様、特定・複数解釈を許すことに注目し、どのような環境でepistemic indefinite用法から特定・複数解釈への意味変化がおきやすいか明らかにし、タチ・ラ・ナド・ナンカに関わる意味変化を考察する上で参考する。 さらに理論面では、申請書で述べた「タチ・ラの複数性のあり方と、等位接続によって生じる複数のあり方には類似点があるのではないか」という仮説を明示的に表わす方法を検討し、あわせてこの仮説を裏付けるテストを考案することを目指す。 そのようにして得た研究成果の妥当性については、学会、ワークショップなどでの発表、学術雑誌への投稿などを通じて、客観的に検証していきたいと考えている。
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次年度の研究費の使用計画 |
交付申請書に書いたとおり、まず研究内容を発表するための学会・ワークショップへの旅費・参加費(現時点では、7月にフランスで行われるCongre Mondial de la Linguistique Francaise 3で発表することが決定している)、資料を収集し研究課題についての知見を深めるための学会(日本言語学会など)への旅費にあてる。 また必要な書籍の購入、平成23年度に購入する予定であったコンピューターの購入などに当てる予定である。
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