研究課題/領域番号 |
23520463
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研究機関 | 岡山大学 |
研究代表者 |
金子 真 岡山大学, 社会文化科学研究科, 准教授 (00362947)
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キーワード | additive plurality / associative plurality / similative plurality / inclusive plural reading / intensional members / NP adjunction / general number languages / contextual salience |
研究概要 |
本研究の目的は、日本語の複数接尾辞タチ・ラの意味を、語用論的、通言語的、通時的観点も加えつつ明確化することである。本年度は、i) タチとラが同時に現れる例、ii) タチとラがinclusive plural reading(複数名詞句がatomとsumの両方を指示する読み)を許すこと、に着目した。i)については、Ueda & Haraguchi (2008)も扱っているが、彼らの分析では十分に説明できない実例が存在する。ii)については、通常のinclusive plural readingの分析によると、名詞の単数形と複数形の区別が義務的な言語でのみこの読みが可能であり、general number languages(無表示の名詞がatomとsumの両方を指示する言語)の1つである日本語でこの読みが許容されることは説明できない。 本研究では、これら2つの現象を説明するために、タチ・ラがsimilative reading plurality (ある個体とその個体と共通の属性を持つ個体からなるグループを指示する読み)も許すことに注目し、この場合タチ・ラが使われていながら名詞句の外延はatomであることも可能であると論じた。さらにこうしたatom指示のタチ・ラは日本語の歴史において一貫して観察され、現代語でも通常考えられているより広い範囲で観察されることも示した。そしてこうしたatom指示を説明するために、タチ・ラの指示対象が可能世界において存在する意味表示を提案した。 また統語的には、タ・ラはNumPやDPといった機能範疇内ではなく、名詞句の付加詞位置にあると論じた。この分析により、1) タチとラの共起可能性、2)名詞句にタチ・ラが付く場合指示詞は必ずしも複数表示されないこと、3)タチ・ラと、等位接続された名詞句・類別詞が共起可能であること、が説明可能となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
タチとラはadditive plurality(均質なメンバーからなる複数性)に加えてassociative plurality(異質なメンバーからなる複数性)も表すが、この二つの複数性の関係をどう捉えるかは類型論的研究では論争の的となってきた。本研究の交付申請書では、少なくとも日本語においてはassociative plurality からadditive pluralityへの派生がみられると提案したが、本年度の研究ではこの仮説を、両者をつなぐものとしてのsimilative pluralityに注目し、通時的な観点も取り込みながら裏付けることができた。 また交付申請書に記した、複数性の一般言語学的・理論的研究に貢献するという目標も、複数形が必ずしも現実世界においては存在しないメンバーを指示するという新たな提案を行うことにより、ある程度達成されたと考える。 ただし、用例収集という記述的な面での研究と、タチとラの意味的違いについて明確化するという方向の研究はあまり進展しなかったことは、反省材料である。
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今後の研究の推進方策 |
まず上記のとおり、用例収集とタチとラの違いの明確化という方向の研究を進める。 また、交付申請書において、タチ/ラといわゆる取り立て詞ナド/ナンカの関係を通時的観点から明らかにすることも一つの目標としたが、本年度の研究において扱った前者のsimilative pluralityは、後者の例示・否定的特立用法と重なるところが多い。今後は、前者の意味を表示するのに用いた「可能世界におけるメンバーの指示」という考え方が、後者の意味表示にも応用可能であるか検討していきたい。また前者と後者の意味の違いは、「あるメンバーの際立ち度(salience)が意味表示の中に含まれるかどうか」という観点からとらえることができると考えているが、この仮説の妥当性について検証していきたい。 また昨年ある口頭発表後の質疑応答の際に示唆を受けたように、タチ・ラおよびナド・ナンカの意味を捉えるために、Lasersohn (1999)のpragmatic halosという観点を取り入れることも検討していきたい。 また昨年度の報告書において、取り立て詞ナンカの起源であると考えられる、「飲み物をナニカ / ナニカ飲み物を」といった表現の考察を深めることも目標としたが、その意味的側面についてはある口頭発表において扱った。今後はその統語的側面についても研究を進めたいと考えている。
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次年度の研究費の使用計画 |
交付申請書に記載のとおり、研究内容を発表するための学会・ワークショップへの旅費・参加費、資料を収集し研究課題についての知見を深めるための学会(日本言語学会など)への旅費に充てる。 さらに、必要な書籍の購入、論文の取り寄せのための費用、インクリボンなど消耗品の購入、コンピューターの購入などに当てる予定である。
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