研究課題/領域番号 |
23520502
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研究機関 | 山梨大学 |
研究代表者 |
町田 茂 山梨大学, 教育学研究科(研究院), 准教授 (20238926)
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キーワード | 現代中国語 / 普通話 / 文法 |
研究概要 |
昨年度に引き続き近現代中国語電子資料の作成を行い、資料を活用して用例のデータベースを作成した。これまでのデータベースの分析から、以下の知見を得ることができた。 1.清末期の白話体新聞の文章において、文頭に「“有”+人名」という形が頻出する。これは現代共通語の規範とは異なる用法で、この時期の白話体新聞に特有の現象である。これが現代普通話の「“有”+“個”+人名」の形成の基礎になった可能性もある。2.明清白話小説に見られる「動詞+“他”+“個”+フレーズ」という文法構造は1920年代の通俗小説まで使用されていた。ただし、フレーズ部分に現れる語彙は武侠小説類では種類が多く、それ以外の文章では種類が限定されるため、この時期には現代普通話につながる一定の規範が形成されていたと考えることもできる。3.一時間を表わす名詞“小時”に量詞“個”を付加する用例は、清末民初には一例も発見されていない。これまでの検索で発見された「数詞+“個”+“小時”」が使われた最も早い用例は1918年の小説中であり、この文法構造が多く使われるようになるのは1922年以降である。これを単に“小時”という単語に固有の現象と理解することもできるが、「名詞には量詞を付加する」という規範意識の定着度の反映ととらえることも可能だと考える。 こうした知見を通して、以下のような観点を提案したい。 1.清末から民国初期に出版された新聞の文章には規範的中国語を意識して人為的に作られた文法構造が含まれている可能性がある。こうした文法構造は必ずしも一時の流行として淘汰されてしまうのではなく、その後の普通話形成の基礎になっていった。2.現代普通話の形成過程について、「清末には既に基礎が形成されていた」「五四運動以降の文化人の努力で形成された」などの説があるが、現代普通話は新旧の混合体であり、それが個人差の原因となっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、中国語現代普通話の形成過程を実証的に検証することである。この目的を達成するためには、極力多くの用例を収集し、それに対し有効な分類・分析を行う必要がある。本年度の研究において、前年度に収集した用例にさらに多くの用例を追加することができたので、分類作業はより詳細になった。この点は一定の成果だと考えられる。しかし一方で、新たな疑問にも直面することになった。 現代普通話の中で規範に揺らぎが生じる分離動詞(離合詞)について若干の用例検索を行ったところ、例えば分離動詞“結婚”は清末民初に“結了婚”という用例は存在するのに“結過婚”という用例は発見できない。“結過婚”が使われるようになったのは1930年代またはそれ以降である可能性がある。現代普通話では“結過婚”に「結婚し現在も婚姻状態が継続している」「かつて結婚したが現在は婚姻状態が解消されている」の二つの解釈が存在し、話者によって解釈に揺れが存在することを見ると、“結過婚”はまだ十分に定着した用法ではない可能性がある。ここから、現代普通話の形成過程を論じる際、こうした比較的新しい用例が発生し、定着する過程に対しても目を向けていく必要を感じる。 具体的用例を一つ一つ検証しながら普通話の形成過程を観察していくと、清末にすでに基礎が形成されていた部分と20世紀半ばまたはそれ以降に形成された部分を具体的に分類していくことができる。従来の文法記述は規範意識を前面に押し出した辞書や教材(一般人が使用する用法でも、規範意識に合致しないものは誤用として排除する)と用例の存在を根拠とした規範意識の弱いもの(少数でも用例が存在すると許容可能な表現として記述する)の両極端に分かれるが、本研究では、いずれの立場もとらず、より多くの用例を根拠としてより多くの事実を実証的に示すことが今後の課題となる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の課題は、近現代電子資料の内容をより充実させるとと、それを用いた用例データベースの作成およびその分類・分析である。平成25年度が本研究の最終年度に当たるため、電子資料の補充は極力早めに済ませ、本格的な用例の分類・分析に着手したい。 これまでの研究から、現代普通話の形成の検証には清末から20世紀半ばまでの時間幅を視野に入れた用例の収集が必要であることがより明らかになったため、電子資料もこの時間幅を反映できるように補充してきたい。一方用例の分類・分析については、以下のような観点を重視していきたいと考えている。1.文法構造の機能の細分化:例えば「動詞+“他”+“個”+フレーズ」という文法構造は明清白話小説では多義であったが、清末民初においては、その用法に縮小傾向がみられた。他の文法構造の発達と旧来の文法構造の意味の縮小を具体例によって実証的に示していきたい。2.新たな文法意識の萌芽:文頭で新情報を提示する名詞には、たとえそれが人名であっても“有”を付加するという現象は、その後の普通話の規範意識に一定の影響を及ぼしていると考えられる。たとえ現在では淘汰されてしまった文法構造であっても、現代の基礎となるものは忠実に記録していきたい。3.語彙の性質と関連付けた文法記述:現代の普通話において量詞“個”が事物を数える際の単位詞として用いられることは周知の事実であるが、“小時”が1920年代以降“個”によって数えられるようになったことが示すように、文法現象を語彙の性質の変化と関連させて精密に記述していく必要がある。“結過婚”のように現代においても話者によって意味解釈に揺れが生じる用例についても、こうした用法の発生が比較的新しく定着度が低いことを実証的に示せば、それなりに説得力のある説明ができるものと思われる。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度研究費には若干の残額が生じたが、残額だけでは新たに電子資料の作成を行うことが困難であるため、25年度に持ち越すことにした。 平成25年度はまず24年度の残額と25年度の研究費を合わせて新たに電子資料の補充を行いたい。これまで作成した電子資料は白話新聞(白話報)や文学作品が中心であったが、会話体の資料として話劇を補充することを検討している。電子資料の作成は専門業者に発注することになる。 用例の収集や基本的分類は研究代表者による手作業で行うことになるが、今後の研究の進行状況によっては大量の用例のプリントアウトのような比較的単純な作業が必要になる可能性があり、その場合は学生アルバイトの雇用を検討したい。 また、研究の総括として電子版の研究報告書を作成したいと考えているが、これにもCDROMやインデックスカードなどの購入が必要となる。
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